イラスト/フォトライブラリー
『江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 品川宿で煙草屋を営む藤兵衛は時々、流しの按摩を呼んで揉み療治をさせていた。按摩は盲目だが、物知りで、話好きの男だった。

 文政元年(1818)、五、六回目くらいのとき、按摩が身体を揉みながら声をひそめた。
「おまえさんはご存知ないでしょうが、じつはおまえさんは土佐(高知県)藩山内家のご落胤ですぞ。
 おまえさんの母さまがかつて山内さまのお屋敷で奉公しているとき、お殿さまのお手がついて懐妊したのですが、世間体をはばかって暇が出たのです。母さまは町人に嫁ぎ、おまえさんを生んだわけですな。
 このほど山内家では男子が絶え、懸命に血筋の者をさがしていたところ、おまえさんのことがわかったというわけです。いま、おまえさんに山内家を継がせるべきかどうか、話し合いの最中です。近いうち、使者のお武家が訪ねてくると思いますぞ」

 藤兵衛は驚いた。
「まさか。なぜ、按摩のおまえさんがそんなことを知っているのかね」
「あたしは商売柄、お武家屋敷にもお出入りしますからな」
 按摩は意味深長な笑みを浮かべている。半信半疑ながらも、藤兵衛は驚喜した。

 四、五日後、草履取を供に連れた武士が藤兵衛の家を訪ねてきた。
「亭主はおるか」
 たまたま按摩もやってきて、武士が山内家の家来であることを受け合った。藤兵衛は酒と料理を取り寄せ、武士と按摩をもてなした。
「屋敷に案内したいが、まだ正式に決まってはおらぬので、昼間というわけにはいかぬ。夜分、目立たぬように屋敷に案内しよう」
 そう言うや、数日後を約して、武士は帰っていった。
 大名屋敷を訪ねるのに、町人のかっこうというわけにはいかない。藤兵衛は家財道具を売り払い、その金で大小の刀と羽織袴を買い求めた。
 当日の夜、按摩と一緒に山内家の屋敷に出向いた藤兵衛は、酒と料理を馳走になった。

 翌日、按摩がやって来て言った。
「あと十日のうちに、おまえさんは正式にお屋敷に招かれるはずです。もはや家財道具など必要ありません。駕籠一丁、絹夜具一式、大小の刀、裃さえあればじゅうぶんです。早く準備をしてください」
 といっても、もう売り払うようなめぼしい家財道具もないため、藤兵衛は十六歳になる娘に、「大名になったら、駕籠で迎えにやるから、それまで少しのあいだ辛抱してくれ」と因果を含め、品川の女郎屋に売った。

 藤兵衛は娘を売った金で用意をととのえ、近所へ挨拶まわりをした。
 思いがけない出世を知るや、みな争うように酒や料理を贈り、「血は争われぬといいますが、おまえさんはどこか、ただの町人とは違うところがありましたな」などと追従を述べた。
 なかには、「どうか、お屋敷にお出入りできるようにしてください」と、土佐藩御用達になれるよう頼む商人もいた。

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