甲子園は、昨夏準優勝校・北海、そして優勝校の作新学院が初戦で姿を消した。『スコアブックは知っている』などの著書があり、43季連続で甲子園を取材する楊順行氏の寄稿。
 

作新の「2番」の後悔。記録に表れない捕逸

 12日で1回戦が終わった夏の甲子園。
 また同じ12日、2回戦最初の試合で北海(南北海道)が神戸国際大付(兵庫)に敗れた。作新学院(栃木)も1回戦で敗退しているから、昨年の優勝・準優勝チームが姿を消したことになる。

「最後に出るのが、自分の弱さですかね……」

 作新学院の捕手・加藤翼は、そういって唇をかんだ。
 大会第2日。連覇のかかる作新は、盛岡大付(岩手)の平松竜也を打ちあぐみ、1対4で敗れた。守っては先発の大関秀太郎が7回4失点。なかでも同点の5回、一死一、三塁から暴投で勝ち越しのホームインを許したのが響いた。
 記録は変化球がショートバウンドしての暴投でも、どんなボールでも止めるつもりの女房役・加藤にとっては自身のパスボールだ。大関は「加藤が後ろにそらすなんていままでなかったので」動揺したのか、その後2点適時打を浴びた。加藤が悔やむのは、その自分のなかでの"捕逸"が最後の試合で出たことだ。

 栃木大会まで1カ月あまりとなった6月のある日。野球ノートに、「作新の2番がそんなんじゃダメだ」と書いたのが加藤である。練習試合でふがいないプレーをして途中交代させられた日だ。
 2番、つまり捕手。
 加藤は振り返る。 「春は、自分のせいで負ける試合が多かった。捕手は守備、チームの要です。だから反省材料をノートに書き込み、繰り返し読み返しています」
 そんなんじゃダメ、と書き込んだ日から、加藤は少しずつ変わっていく。先輩たちが夏の全国制覇を果たしたあと、昨秋の新チームのスタート時は、大関に頼りきりだった。今年6月になったあたりでも、大関のその日のいい球を引き出すのがキャッチャーの役割だと考えていた。秋の段階では、大関と呼吸が合わず、我慢させていると感じたからだ。
 だが、新聞などに書かれた野村克也氏の配球を参考にしながら、加藤は徐々に変わっていく。ピッチャーの調子だけではなく、相手打者の空気を感じ、打席の立ち位置、見逃し方、あるいはベンチの動きなどを見て、打ち取るための答えを逆算するようになるのだ。現に4回までは、まっすぐとスライダーでうまくタイミングを外し、盛岡大付の主軸である4番・比嘉賢伸を2打席凡退させている。
 だが、5回。加藤のいう"捕逸"で1点を勝ち越され、さらに二死後に2点二塁打を浴びたのがその比嘉だった。そして、敗戦――。夏連覇への挑戦があっけなく終わったこの日、野球ノートに、加藤はどんな文字を連ねたのだろうか。
 数少ない昨年の優勝経験者である、キャプテンの添田真聖からいいセリフを聞いた。
「悔しいですが、栃木の夏を7年続けて優勝し、夏の連覇を目ざす権利を得たことは素晴らしいと思います」
 これも、ノートに書いておきたい。