品川駅で出発を待つ特急ひたち

 前々回、常磐線の被災区間を視察したが、いわき駅から竜田駅までの区間は乗り残してしまった。そこで、今回、この区間に乗車するため、常磐線の特急「ひたち」に始発駅品川から乗って、旅をスタートすることにした。

 現在、「ひたち」には自由席がない。座席指定券のほかには、座席未指定券というものがあり、値段は指定券と同額ながら座る席が決まっていないという何だか不安なきっぷだ。では、どうするのか、トラブルは起きないのか?という疑問に対して、JRでは興味深いシステムを取り入れている。

座席指定の予約状況が分かるランプ

 私は座席を指定したので、車内に入ってきっぷに記載されている席を探す。すると、目指す席の頭上にはランプがあって緑色に点灯していた。これは、予約済みという意味なので、座席未指定券を持っている人は座れない。他の席を見渡すと、赤色に点灯している席があり、これはまだ予約されていないことを表している。ちなみに私の隣の席は黄色に点灯している。はて、何だろうと思っていたら、前の席の背面に案内が書いてある。それによると、今は席があいているけれど、まもなく指定券を持った人が乗ってくるので未指定券の人は座らないでくださいという意味だという。列車が品川駅を発車したときは空いていたけれど、東京駅か上野駅から乗ってくるということなのだろう。

 東京駅では大勢のビジネス客が乗ってきたが、私の隣の席は埋まらなかった。では、上野駅からかな?列車は、ジェットコースターのように急勾配を昇ったかと思うと、急降下して上野東京ラインを進み、上野駅に停車。黄色点灯の隣の席には、ようやく見知らぬ人が座った。さりげなくランプを見ると緑色に変わった。なるほど、このような仕組みなっているのだ。

 特急は常磐線に乗り入れ、複々線区間を快走し、利根川を渡ると茨城県に入る。取手駅の先で直流区間から交流区間に切り替わるけれど、旧型車両のように車内の照明が一瞬消えることがないので、案内放送もなく淡々と進んでいく。

 関東平野を快走し、水戸駅でビジネス客がかなり降りて車内はゆったりしてきた。私の隣の人は次の勝田で下車。すると緑色ランプは赤色に変わった。もう誰も乗ってこないようだ。

 日立駅あたりと勿来駅の手前で海岸線がよく見えた以外は、大した車窓は眺められないまま終点いわき駅に到着。常磐線の旅はこんなものかと思いつつ、竜田行きの普通電車に乗り換えた。

 5両編成の電車で、前3両がセミクロスシート。空いているので、ボックス席を独り占めして進行方向に座る。ローカルな列車とはいえ、常磐線は幹線ゆえ、走りっぷりは豪快で、各駅に停まりながらも、かなりのスピードでどんどん先へ進んでいく。四ツ倉駅で、都内から延々と続いてきた複線区間(一部複々線があったけれど)は一旦終わりを告げ、単線区間へと入る。トンネルを抜けると太平洋が車窓に現われ、中々見ごたえのある風景である。久ノ浜駅に停まった後も、海が見えたり山の中に入ったりと、車窓が目まぐるしく変化する。

あじさいが咲き誇っていた末続駅

 駅舎付近に赤や黄色の花々のプランターを並べ、ホームの端にはアジサイが美しく咲き誇っていた末続(すえつぎ)駅を出て、海が見えたり山の中に迷い込んだりと繰り返しているうちに広野駅に到着した。ホームには、「汽車の碑」が立っている。

広野駅ホーム上の「汽車の碑」

「汽車」というのは、文部省唱歌「汽車」のことで、「今は山中、今は浜」という有名な唱歌のことだ。いかにも日本的な車窓で、この歌詞は、このあたりの車窓を詠んだものだという。言われてみれば、ここまでの車窓は、「今は鉄橋渡るぞと、思う間もなくトンネルの闇を通って広野原」そのものであった。最後の広野原の広野は、ここだと言われれば、なるほどと納得してしまう。もっとも、広野が唱歌ゆかりの地だという説には異論がいくつもあり、決定的な証拠にはなっていない。ただし、地元では、汽車の碑をつくって、街おこしに役立てようとしているのだ。