地獄と極楽、輪廻の怖さをドラマチックに説く名著

「悪いことをしたら地獄に落とされてしまう」と、日本人の精神には、「地獄」という存在がしっかりと植えつけられているようだが、その根本となるのが、平安時代中期、寛和元年(985)に、恵心僧都源信という僧が、比叡山横川で撰述した『往生要集』である。「古いインドの経典や仏教の教典にも登場する数多くの地獄説を源信が整理整頓、矛盾も解消して、合理化して一冊に体系化してくれたのが、『往生要集』なんです」と、奈良女子大学文学部教授の加須屋誠さんは言う。

 まず第一章は、いきなり地獄の話から始まる。人間は六道という輪廻をぐるぐる回っていて、その最下層に地獄がある。地獄は八層に分かれていて、八大地獄と呼び、その層ごとに、こんなに痛い、苦しい、ひどいことが行われている世界なんだよと、お節介にも、こと細かに描写してくれているのだ。

 しかし、第二章では、いきなり極楽の話へと急展開する。「地獄から一転、今度は、極楽の素晴らしさを思い切り語って、欣ごん求ぐ浄じょう土ど、読者は極楽に行くことを切望するように仕向けるんです」。

 落として、上げて、ジェットコースターに乗っている気分だが、第三章では、どうすれば極楽浄土に行けるかを説いてくれる。「答えは念仏。心を清らかにして、想いを込めて仏を念じる。そうすれば必ず救われるんだと、救済策を教えてくれるんです。落とし、上げて、救いを示す。まるでスペクタクル映画のような臨場感があって、スピルバーグ監督のような才能を感じますよね(笑)」。

 現代に至っても、我々がパリやロンドン等と同列に、世界のどこかに地獄があるのではとイメージできるのも源信のおかげといえる。

 輪廻から離脱するための優れたノウハウ本であり、ガイドブックであり、怖いもの見たさで最後まで読んでしまうホラー小説でもあり、最終的には、宗教の理を説き、信心へと導く優れたバイブル。それが『往生要集』なのである。

写真を拡大 『往生要集』で説かれる「八大地獄」の位置

『一個人』2017年9月号より構成〉