かつてに比べ、尊敬されなくなったように見える学校の教師たち。なぜ「尊敬されない教師」は発生するにいたったのか(諏訪哲二氏・著『尊敬されない教師』より)。

◆ポイントとなるのは、学校教育を動かす四つのちから

 学校の教育を動かすちからを図式化して、私は「行政のちから」「民間のちから」「教員のちから」「子ども(生徒)のちから」の四つがせめぎ合っていると考えている。
「尊敬されない教師」もそういう力関係のなかから発生してくる。

 

「行政のちから」は国や自治体の政治のあり方の影響を受け、財界からの圧力や学界からの要請も含まれている。
「民間のちから」は個人の自立と利益の追求を基とする市民社会(経済社会)のあり方の反映であり、親からの教育要求もここに入る。
「教員のちから」は主として近代の「知」の伝達や生活様式、生活技能の教授を通じて子ども(生徒)の人格の形成を目指すものである。
 そして、「子ども(生徒)のちから」は上記の三つの動きのなかに投げ出され、自己を近代的主体に形成していこうとする営みといったらいいだろうか。

(中略)
 戦前は学校をめぐる「行政のちから」「民間のちから」「教員のちから」「子どものちから」が強大な軍事・経済大国を目指す上で、みんなほぼ同じ方向を向いていた。「行政のちから」「民間のちから」「子どものちから」に支えられて「教員のちから」は絶対的な指導力が認められていた。学校もやりやすかったはずである。教師は尊敬されていた。

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