いまも語り継がれる哲学者たちの言葉。自分たちには遠く及ぶことのない天才……そんなイメージがある。そんな「哲学者」はいかに生き、どのような日常を過ごしたのか? 変わり者中の変わり者、「ディオゲネス」に迫る<第1回>。
ラファエロ作「アテナイの学堂」に見るディオゲネス・中央の階段付近でだらしなく腰掛けている。

奇人ディオゲネス

 アレクサンドロス大王から「あのように生きたい」と評され、プラトンからは「狂えるソクラテス」と呼ばれた哲学者――「シニカル」の語源となった「キュニコス派」の哲学者ディオゲネスの生き方は、変わり者の多い哲学者の中でも際立って個性的である。

 ディオゲネスは街中に置いてあった大きな酒樽を住処として、ボロ布を着てアテネの街をうろつき、神殿の軒下などでも眠っていた。少しの食料が入った頭陀袋(ずだぶくろ)だけを持ち歩き、道端でも広場でも所構わず食事をとった。

 誰かに見られて恥を感じるということがなく、広場で公衆の面前で自慰行為をして「お腹のほうも、こんな風にこすってひもじくなくなるならいいのになぁ」と言ったこともあった。

 夏には熱い砂の上を転げ回り、冬には雪をかぶった彫像を抱きかかえて自分を鍛えていた。あなたはどこの国の人かと聞かれると「自分は世界市民(コスモポリタン)だ」と答えた。

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