いまも語り継がれる哲学者たちの言葉。自分たちには遠く及ぶことのない天才……そんなイメージがある。そんな「哲学者」はいかに生き、どのような日常を過ごしたのか? 変わり者中の変わり者、「ディオゲネス」に迫る<第3回>。
ラファエロ作「アテナイの学堂」に見るディオゲネス・中央の階段付近でだらしなく腰掛けている。

第1回はこちら】【第2回はこちら

多くの人に愛されたディオゲネス

 アテネの人々は奇人ディオゲネスを愛していた。ある若者がディオゲネスの住処となっていた酒樽を壊してしまった時、市民は若者には鞭打ちの罰を与え、ディオゲネスには新しい酒樽を与えたそうだ。

 そんなディオゲネスもやがて航海中に海賊に捕らえられて、奴隷として売りに出されてしまった。しかし、奴隷になってもタダでは済まさないのがディオゲネスである。

 奴隷商人からお前は何が出来るのかと聞かれると、彼は「人々を支配することだ」と答えた。そして今まさに自分が奴隷として売られようとしているにも関わらず「(奴隷ではなく)主人となる者を買おうとしている人はいるかと触れ回ってくれ」と言い、立派な衣装を着ている人物を見つけると「この人に俺を売ってくれ、彼は主人となる者を必要としている」と買い手の指名までしてしまった。

 指名された人物はディオゲネスを買い、家に連れ帰った。だが、ディオゲネスは自分の買い主に対して「医者や船の舵取りが奴隷であったとしたらその者の言うことを聞くだろうから、哲学者の自分の言うことも聞くように」と言った。ディオゲネスとしては、あくまでも買い主の奴隷としてではなく、主人となるために売られたと考えていたのである。

 買い主はよほど人の良い人物だったようで、家事全般だけでなく、子供たちの教育を任せた。ディオゲネスは家の子供たちに好かれ、良き相談役ともなったようだ。買い主は喜び、近所の人たちに「幸運がわたしの家に舞い込んだ」と触れ回ったほどだ。

 知人たちが身代金を払って奴隷の身から解放しようとすると、彼はその知人たちを愚か者と呼び「ライオンは飼っている者の奴隷ではなく、飼っている者のほうがライオンの奴隷だ」と言った。ディオゲネスは、本当に奴隷として買われた一家を支配していたつもりだったようだ。

 ディオゲネスの話を聞くと、たちまち誰もが魅了され、虜となったようだ。そのため、彼を師匠と慕う弟子も数多くいた。ある男が息子をアテネに遊学に行かせると、その息子はディオゲネスの弟子となってしまった。男は息子の様子が心配になりもう一人の息子をアテネに行かせたが、その息子もすぐにディオゲネスの弟子になった。仕方なく、男が自らアテネに赴いたが、その男本人も息子たちと同じようにディオゲネスの弟子になってしまった……こんな逸話が残されているほどである。