ノンフィクション作家、谷川彰英が名古屋をたどる。寺院の数が日本一多い愛知県。『名古屋地名の由来を歩く』(著・谷川彰英)より、名古屋の街並みの魅力を紹介する。

個人が所有していた犬山城

高くそびえる犬山城

 名古屋地区の人々は「犬山」を「い()やま」と「ぬ」にアクセントをおいて発音する。それは「稲沢(いな()ざわ)」も同様である。地名研究では、このアクセントがとても重要だ。関東では、「いぬやま」「いなざわ」と同じ水平トーンで読んでしまうが、名古屋では第二の音にアクセントをおいて一段高く発音する。

 アクセントの地域差については、昔兵庫県の「姫路」を取材したときにも考えさせられた。東京では「()めじ」と「ひ」にアクセントを置いて発問するが、正式には「ひめじ」と水平トーンで発問する。姫路の人々は東京読みの「()​めじ」という発問をいたく嫌うということだった。このアクセントだけは現地に行ってみなければわからない。

 さて、この犬山市もすでに名古屋の衛星都市になっていて、名古屋のちょっとした郊外といった感じのところにある。そのシンボルの犬山城は日本で四つしかない国宝(姫路城・松本城・犬山城・彦根城)の一つで、現存するお城の中では松本城とその古さを競っている。

 名鉄犬山線の犬山駅を下車して駅前のまっすぐに続く道路を数分行くと本町通りに出る。そこを右折すると、かつての城下町の風情が再現されていて、多くの観光客で賑わっている。

 毎年四月の第一土・日曜日には、一三両の山車が城下に出て、からくり人形の披露も人気を呼んでいる。

 犬山城は天文6年(1537)に信長の叔父にあたる織田信康(通称与次郎)によって築城された。小牧・長久手の戦い(1584)では、秀吉が大坂から12万余の軍勢を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた家康と戦った古戦場でもある。この犬山城はつい最近まで旧城主であった成瀬家が個人的に所有・管理してきたことでも知られている。国宝のお城を個人が所有していたとは驚きである。

 犬山城は別名「白帝城(はくていじょう)」というが、これは江戸時代の儒者荻生徂徠(おぎゅうそらい)が唐の李白(りはく)の詩にある「白帝城」にちなんでつけたものだという。

木曽川上流方面を望む
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