産んでも産まなくてもこれでよかったと思える人生のために。女として「自分が主語」の人生を楽しむためのヒントがある。34歳で子供が欲しくなり、40歳で不妊治療をやめたコラムニスト吉田潮は自分の中の「子供が怖い」という感情とどう折り合いをつけたのか。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)より紹介する。

母性より個性。そう思うとラク

 私の中の「子供が苦手」の根っこを辿ってみる。ひとつは単純に「子供と接する機会が少なかった」から。親類縁者とあまり近しい関係がなかったし、自分が最年少の子供という状況が続いて、気づいたらすっかり大人になっていた。なんだかんだでいつも子供まみれになっている家系もあれば、我が家のように子供と無縁の家系もある。物理的な問題ね。

 そしてもうひとつは、「子供は怖い」と思っているからだ。

 20代の頃、友人の子供(5歳くらいの女の子)と接したことがある。あれは確か高校の同級生の結婚パーティーだった。私は必死に小麦粘土でいろいろなものを作って、彼女の気を引こうとした。ところが、彼女は一瞬たりとも私になつかなかった。子供が苦手なくせに「子供に好かれたい」という私のいやらしい思惑を瞬時に見抜いたのかもしれない。

 このとき、なぜ子供に好かれようと振る舞ったのか。「子供に好かれる人=いい人、善人」という妄想に汚染されていたのだ。女特有の「母性備わってますよアピール」もしたかったのだろう。単純に、自分の生きざまに自信がなかったのだと思う。

 実は、この女の子がその後とった行動が、非常にショックなものだった。その場には、子供が苦手で一切かかわろうとしない女友達Bがいた。子供に近づこうともしない、愛想よく幼児言葉で話しかけもしない。酒を飲んで、小麦粘土まみれの私を遠目に眺めるだけ。

 私からすーっと離れていった女の子は、Bに近づいていき、そっと手を握ったのである。話すわけでもなく、なつくわけでもなかったが、きゅっとBの手を握ったのだ……。

 
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