広陵高校の中村奨成が32年ぶりに清原和博が持つ1大会5ホームランという記録を抜く――今大会、新たな怪物が生まれた。未来のスター候補が躍進する一方で、甲子園を支えてきた名将がその場所を去った。大井道夫。新潟県、日本文理高校野球部監督だ。『スコアブックは知っている』などの著書があり、43季連続で甲子園を取材する楊順行氏による寄稿。

仙台育英、後輩に敗れ見せた笑顔

 

「私は幸せな男ですよ」
 そういうと大井道夫・日本文理(新潟)監督は、帽子を取ってつるりとした頭をなでた。
 大会第9日。仙台育英(宮城)との一戦は、打撃戦という大方の予想を裏切って、緊迫した投手戦になった。日本文理の稲垣豪人は、1回戦で15得点した育英の打線を内野ゴロの間の1点に抑えるが、文理打線も育英の左腕・長谷川拓帆をとらえられない。7安打を放ちながら、相手の美技にも阻まれて無得点。結局、今大会ここまで唯一の0対1というスコアで敗れることになる。
 同時に……この夏限りで勇退が決まっている大井監督にとっても、最後の試合となった。大井監督はいう。
「最後の試合を、子どもたちが連れてきてくれた甲子園で終われるなんて、本当に幸せな男。大会前、恒例の早稲田OBの集まりがあったのよ。この大会に出る早稲田大OBの監督もみんな出席して、私を含めた5人全員が抱負を話したの。そしたら育英の佐々木(順一朗)がさ、"ひとつ勝って大井さんと対戦するのが夢です"なんて。それが実現して、しかもこんないい試合ができて、本当に幸せですよ」
 日本文理と仙台育英といえば、こんな縁もある。2009年のセンバツに出場した日本文理は、清峰(長崎)に0対4で敗れたが、剛腕投手・今村猛(現広島)から7安打したことで打線には自信を持っていた。だが、その後。大井監督の早稲田大の後輩・佐々木監督率いる仙台育英との練習試合では、自慢の打線が手も足も出なかった。そこから奮起し、1球バッティングなどで集中力を養った結果が、その夏の甲子園準優勝だ。中京大中京(愛知)との決勝、6点差の9回2死から連打連打で1点差に迫ったドラマなど、5試合で38得点という攻撃力は、育英戦の負けが土台になっていたわけだ。

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