産んでも産まなくてもこれでよかったと思える人生のために。女として「自分が主語」の人生を楽しむためのヒントがある。34歳で子供が欲しくなり、40歳で不妊治療をやめたコラムニスト吉田潮は「子供が欲しいという病」に気づいた。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)より紹介する。

子供が欲しいという病

 

 子供が欲しいと思った理由は、ただひとつ。付き合っている男との物理的な証だと思う。母になりたい、子供を育てたい、なんて成熟した気持ちではなかった。ただただ、男と私をつなぎとめる「ボンド」が欲しかったのだ。

 ボンド(bond)は「絆」「結びつき」と訳すけれど、そもそもは家畜を縛りつけておくための拘束という意味だったらしい。ボンデージ(bondage)は、行動の自由の束縛、屈従、とらわれの身、奴隷の身分だそう。

 そう、私は彼を束縛したかった。そのために子供が欲しかった。つまり、愛情の終着駅のようでエエ話に聞こえがちな「子供が欲しい」は、単なる道具というか手段だったのだ!

 やましいし、不埒な理由である。「そんな気持ちで子供が欲しいなんて!」と思われるかもしれない。でも、煮え切らない男を次のステップへ連行するには、妊娠が最適と思ったのだ。当時の日記をいくら読み見返しても、そのほかの理由は見つからない。

 でも、世の中の女性たちはどういう理由で子供が欲しいと考えるのだろうか。そんなに純粋な気持ちで挑んでいるわけじゃないと思うのだ。うっかりできちゃった婚も多いし、誰もが計画的に妊娠して出産しているわけでもない。子供を産むことがステイタスと考えている人もいるかもしれないし、女としての証と考えている人もいるだろう。浮気がちな夫をつなぎとめるために妊娠を目論む人だっているだろうし、不倫相手を妻から奪いとるために虎視眈々と妊娠を計画する女だっている。

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