京都市北区の古田織部美術館では、9月18日まで夏季展「織部の遺響 ~後水尾天皇と東福門院和子~」を開催中。織部の流れを汲む茶人の金森宗和と後水尾天皇、その中宮だった東福門院和子とのつながりなど、茶や庭を通じて朝廷内外に遺った織部の美意識をたどる展示です。

 

 この展示では、テーマからは少し外れていますが、6月にニュースでも紹介された新発見の天正2年(1574)5月2日の織田信長茶会記も公開中。
 茶会記の内容については、同館と経営が同じ宮帯出版社さんの『茶書研究』第六号(茶書研究会)に影印・翻刻・解説が収録されていますので、興味のある方は是非。

 個人的には、茶道具一覧の「ツクモ」(茶入九十九茄子)「天目犬山」(犬山灰被天目)「杓指カウシクチ ヒサク」(杓立柑子口)「蓋置ホヤ」(ほや香炉)「ヒハシ サカら」(高麗火箸相良)に目が行きます。これらはみな8年後、本能寺の変前日に催された茶会でも披露された名器ですが、当日床の間にかけられた「煙寺晩鐘」の絵だけは本能寺の変前日には用いられなかったことです。

 信長はこの絵が気に入っていたとみえ、記録に残る彼の茶会には3度にわたって使われているのですが、本能寺には持ち込まれなかったために現在もその幽玄な画面を楽しむことができるわけです。