名古屋在住、日本大好きラジオDJクリス・グレンが語る、
日本が誇る錚々たる戦国武将たちの魅力。
外国人の目に我が国の英雄たちはどう映っているのか?

島津流「人を動かす」に家康も感心!

 

 僕の大好きな本の一つは、宮本武蔵の書いた「五輪書」。僕は この本から、武蔵の「人生観」や「武士道」について学びましたが、外国人の間では一般的に「ビジネス書」として読まれている本なんですよね。
 もちろん武蔵の書いた「五輪書」も、オススメだけど、ビジネス用ならもっとシンプルに役立ちそうなのが、島津義久と徳川家康との間にあったエピソード!
 今日は、そんなエピソードを紹介します。

 薩摩の大名・島津義久。弟の義弘、歳久、家久と共に、九州統一を目指してがんばっていた戦国SAMURAIですね。
 でも、九州の平定をほぼ目前にしていた1585年、豊臣秀吉の軍勢に攻められて残念ながら敗北。出家しました。
 それから数十年後に起きた、関ヶ原の合戦!島津軍は、西軍(豊臣方)についたんですよね。そして結局、西軍は敗北しちゃった・・・。
 普通だったら島津家は領土を取り上げられてもおかしくないという、かなりヤバい状態のはずだったけど、義久の交渉力と作戦のおかげで、なんとか家康に許してもらいます。さすが義久!

 その後、義久に興味を持っていた家康は、今までの活躍ぶり(武功話)を聞くために義久を伏見城へよびました。普通の人は、得意げに自慢話をするのかもしれないけど、義久は違いました。
「私は、弟や家臣を動かしただけで、特別な働きはしていません。裏切ることなく、彼らが力を合わせて頑張ってくれました。私は留守番していただけです」
 と言って帰ってしまったそうです。
 かっこいいじゃないですかー!

 家康も「自分が動かず勝利するとは、リーダーの鑑(かがみ)だ」と感動したというエピソードが伝えられています。
(この話は、後から作られたストーリーだとも言われているけど・・・)

 現在の社会やビジネスでも、リーダーは、義久のように自分が出しゃばるのではなく、みんながハッピーに、そしてヤル気が出るように、上手に部下たちをコントロールするのがベストですよね。
 部下たちが頑張ったら、それはリーダーの手柄ではなく、部下たちの手柄としてちゃんと褒める。これぞ、尊敬されるリーダーな気がします。
 義久の器の大きさを感じさせるエピソードでもあり、「謙遜」という姿勢が美しい、とても日本人らしいエピソード。外国人の僕から見ると、すごくかっこいいなぁーと思いますね。

 1611年、78歳で亡くなった島津義久。賢く、クールな戦国SAMURAIです。

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