多くのトップ棋士たちが、故・大山康晴名人にぶつかり、散っていった。彼らは“覇者”を前に、難しいことをしすぎていたのではないか。加藤一二三氏は敗因をそう分析する。例えば、棒銀戦法に作戦を絞っていたら――。

大山名人には棒銀戦法が効いたはず

 大山康晴十五世名人は“覇者”ですが、私が若い頃、大山名人にぶつかっていったライバル棋士たちが多くいました。

 しかし、大山先生に勝つのはなかなか難しかったんですね。つまり、大山先生にトップのライバル棋士がなかなか勝ちにくかった。

 今思うと、大山名人に棒銀作戦で指していればもっと勝てていたはずなんです。私は大山名人にも棒銀戦法で何度も勝っていますが、例えば升田実力制第四代名人や二上達也九段はなかなか勝てなかった。

 思うに、彼らの敗因は“作戦を絞りきれなかった”ことではないでしょうか。私のように「棒銀戦法で行く!」と決めて、しっかりと棒銀戦法を研究すれば大山名人にも勝てていた可能性はあると思います。

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