月刊歴史雑誌『歴史人』の2017年5月号では、「三大築城名人」として、加藤清正、藤堂高虎、そして黒田如水(官兵衛)を取り上げた。先日、その軍師・如水の「最後の作品」である福岡城を攻めた。
 福岡城は3度目ではあるが、縄張り図を見ながら攻めたことはなかったため、じっくりと、その構造を観察することにした。

 福岡城は、石垣による防御ラインで敵の侵入を防ぎながら、虎口(城門)として想定したエリアに接近する敵に対しては、さまざまな角度から攻撃を加えるという基本構造となっている。縄張り図を提示することなしに、このような解説を加えても、あまり意味を持たないものの、福岡城を実際に攻め、虎口周辺で周囲を見回してみれば、その意味がわかると思う。 

水分門周辺の石垣

 虎口周辺は、他城よりもライン間の距離をあけており、火縄銃による戦闘を意識した構造となっている。名軍師如水の腕の冴えを見せつけられるエリア。 

 同じ九州では、加藤清正の熊本城の方が名城としての評価が高い。たしかに、城全体の規模を考慮すると、熊本城に軍配が上がる。だが、福岡城の方がコンパクトでありながらも、敵を寄せ付けないための工夫が効果的に加えられており、対費用効果を評価の基準とすると、熊本城よりも魅力的だと思う。

 福岡城を訪れて、“城を見て感動する”という城郭研究者(城好き)としての本来の感性が取り戻せたような気もする。