教えることから学んだ「自分なりの言葉」

 他にも『岡崎慎司と内田篤人の共通点。サッカー選手の成長とは』に代表される一流選手にある普遍的な姿勢を読み解くものや『サッカーのレベルの違いはどこで生まれるのか。「鹿島」と「鹿島以降」に学んだもの』などの個人の経験に基づく論考、そして『バルセロナがPSG戦で見せた世紀の大逆転。「予兆がなかった」中で見つけた奇跡へのヒント』といった選手ならではの試合評論など、多様なテーマを多様な角度から綴り続けている。
 いずれにおいても、岩政が書くのは「サッカーの常識」に対する「自分なりの言葉」だ。それがどういうものであるかは、本インタビュー時に「言葉」にする意味について尋ねたやり取りをそのまま紹介するのがわかりやすい。

――書いているのは、積み上げてきたうえで言語化されたもの?

「うーん、小さい頃にサッカーを始めてから、いろんな指導者の方がいろんな言葉、表現で教えてくださった。それを少しずつ自分ができるようになってきて、改めてじゃあ自分はどう解釈したらいいのか。それをはっきりと分けていくことですね」
――それは例えば「トラップをする」という技術に対して「卵を受けるようにふわっと」と表現する指導者がいれば「受ける足を少し引いて吸収するイメージで」と表現する人もいて、それを「岩政の言葉」にすると……ということですか。
「まあ、そうですね」
――自分(岩政氏)であれば(経験や感覚から)こういう言葉で伝えるのがベストだ、と。
「そうですね、はい」

 書き始めたきっかけは自らの働きかけだった。
「25歳のときでしたか、アントラーズ時代ですけどサッカー雑誌で連載を持たせてもらうことになったんですね。インタビュー取材の形式を取るはずだったんですけど、自分で書かせてもらえないか、とお願いをしたんです。理由としては、時間を有効活用したいからというシンプルなもの。サッカー選手って練習が終わると意外と自由な時間があるんです。その中で、読書する時間が増えていって、それだけじゃなにか違うな、と思って書かせてもらえるならお願いしたい、と」

 その後、岩政は鹿島の月刊誌で「岩政先生」というコーナーを持つようになる。
 なぜ先生か。岩政は教員の免許を持つ。科目は「数学」だ。そして岩政が育った環境にはいつも周りに「先生」がいた。両親、お兄さんそして祖父……。岩政は言う。だから「もともと教えることが結構好きだったのかもしれない」。こんなエピソードを披露してくれた。
「僕は山口県の小さな島の出身なのですが、小学校はひと学年6人しかいない小さな学校でした。授業に面白い方針を採っていて、例えば算数の問題をみんなで解こうとしたとき、先に解けた人は解けていない人に教えるんです。待っているのが暇だというのもあったんですけど、この教える作業が僕、結構好きだったんですよね(笑)」