岐阜在中の歴史作家・鈴木輝一郎がゆるりとめぐる、戦国武将の史跡。
つい見落としてしまいがちな渋い史跡の数々を自らの足で訪ね、
一つ一つねぶるように味わい倒すルポルタージュ・ブログシリーズ開幕!

美濃・尾張方面からいざ都へ

 たまにはちょいと足をのばして京都へ。
 ふだんは新幹線ですが今回は車。高速をつかえば岐阜・大垣から2時間弱。けっこう近い。このルートだと織田信長が上洛した経路をなぞる形になります。
 新幹線だとピンポイントで京都にはいっちゃいますが、車だとかなり印象が違う。
 京都東インターを降りると山科。

 

目の前に山がつらなっていて、そこを超えるともう京都市街。
すぐに東山にはいり、目の前には五条。

 

 実際に車でいってみると京都が盆地だということ、けっこうコンパクトな町だということをあらためて実感します。
 姉川の合戦のあと、浅井長政・朝倉義景連合軍が織田を攻めるために山科まで迫ったことがあるそうですが、いざ現地にたってみると、本当に信長の危機だったことを痛感しますな。

 とはいえ、いまの山科は坂の多いふつうの町なんで、写真エッセイのネタとしてはちょっとパンチが弱い。現地踏査は重要で、みのりの多い取材でしたが……。
 いちおうこれ、フォトコラムなんでね。二条城をぐるっとまわって写真とったので、これで勘弁してつかぁさい。

 

 この二条城は信長が足利義昭のために立てた二条御殿とは別のもの。
 もとは徳川家康が建てたあと、徳川家光が現在の規模に拡張したんだそうです。

 

 商売柄、いろんな城をみてまわってます。もっとも、ぼくがみているのは戦国時代のはじめのころの城が中心なんで、こうした大規模な城をみると、ちとびっくりしますな。