深海の灰色狼。第二次世界大戦で大西洋において連合国側を戦慄させたドイツ海軍の潜水艦「Uボート」にまつわる物語をオムニバス連載で紹介する。
Uボートからの雷撃を受け、さらに砲撃されて沈みゆく商船。 

ウルフパック戦術の凱歌:その2

 アメリカ、イギリスの自治領で巨大な穀倉ともいえるカナダ、食肉や原油の産地たる南アメリカ諸国と、イギリスを結ぶ大西洋横断コンヴォイ(船団)のひとつだった、SC7。
 SC7は、低速大西洋横断コンヴォイに分類されており、通常の速力は8ノットであった。コンヴォイ司令官はラックラン・ドナルド・イアン・マッキノン少将で、貨物船アシュリーンに将旗を翻していた。

 5隻の護衛艦艇が35隻の各種商船を護衛する手筈だったが、当時の実情を反映して護衛艦艇は寄せ集めで、相互の連携性に欠けていた。しかも隻数が不足しているだけでなく、艦種も最大がコルヴェットと称される駆逐艦の半分ほどの小型の対潜護衛艦で、時に大荒れする大西洋を横断するにはやや心許なかった。

 護衛艦艇の内訳は、ブルーベルとハートシーズがコルヴェット、フォウィーとリースがスループ、エルクが武装ヨットである。なお、ヨットとはいってもいわゆる帆掛け船ではなく、小型の哨戒艦(しょうかいかん)のことだ。

 1940年10月5日、SC7はカナダ・ノバスコティア州シドニーを抜錨(ばつびょう)し、いよいよ目的地のイギリス・リバプールに向けて航行を開始した。

 Uボートによる最初の犠牲が生じたのは16日で、カナダ船籍の貨物船トレヴィザがU124に撃沈されたが、これでSC7にとっての「地獄の門」が開くことになった。U124が仲間の深海の灰色狼たちを呼び集めたのだ。翌17日は、U38とU48の攻撃で貨物船3隻が血祭りに上げられた。

 さらに18日、集まった灰色狼の数は増え、U38、U46、U99、U100、U101、U123の雷撃によって商船5隻が撃沈され2隻が損傷を被ったが、この被害を受けた商船のうち、1隻は翌日にとどめを刺されている。ここまでで、もうすでに11隻の商船が撃沈されているが、無情な灰色狼たちは、さらに羊の群れを食い散らかす。19日にはU99、U100、U101、U123の雷撃で9隻の商船が撃沈された。

 Uボートの襲撃はこの19日で終わったが、結局、SC7は35隻で出発したものの、道中で20隻を失うという大損害を被ってしまった。護衛艦艇の隻数が絶望的に足りず、それら護衛艦艇の連携性も不備なうえ、対潜作戦と対潜兵器の開発が後手後手に回っていたこの時期は、Uボートの黄金期と称された。

@次回は9月20日(水)に配信予定です。