産んでも産まなくてもこれでよかったと思える人生のために。女として「自分が主語」の人生を楽しむためのヒントがある。34歳で子供が欲しくなり、40歳で不妊治療をやめたコラムニスト吉田潮の体験。不妊治療で得たものは結構多い。では、失ったものとは。『産まないことは「逃げ」ですか?』より紹介する。

不妊治療で失ったもの

 不妊治療で得たものは結構多い。では、失ったものは何か。

 たぶん、純粋に肉体の快楽である。

 30代まであれだけ楽しんでいたセックスが、不妊治療を機に、変質した。ちょっとトーンダウンしてしまった。もちろん、気持ちがいいことは気持ちがいいのだが、あの頃には戻れないと思う。長きにわたって、生殖目的のセックスを頭で考えてしまう生活を送ったために、私は純粋な快楽を失った。

「いい年してそんなのどうでもいいじゃない!」

 と怒る人もいるかもしれない。でも、私はとても悔しい。一度鎌首をもたげた理性と、産めなかった悔しさと、体感した不全感は、以前のような、我を忘れる感覚をどうしても邪魔する。常に頭のどこかにこびりついている。本当に純粋に快楽を貪る、素直な自分がどうしても戻ってこない。それが寂しい。つまり、不妊治療のおかげで、性欲と快楽と情熱を失ったのだ。 

 そもそもセックスは人類の普遍的なテーマだ。しなくても死にはしないが、したい人は世界中にいる。楽しんでいる人もたくさんいれば、苦痛を感じている人もたくさんいる。どんなに世界中の若者のセックス離れが叫ばれているとはいえ、なくなることはない。戦争と同じだね。戦争はなくなってほしいが、セックスはなくなってはいけない。

 こんなに万国共通の万能なテーマだからこそ、ライフワークだと思っていたが、自分の中では冷め始めている。なんだかご隠居さんの気分である。

 今はたぶんリハビリ中だ。いつか戻ってくると信じている。信じているのだが、その前にホルモンに翻弄される更年期がやってきそうだ。この大波を乗り切ったら、また楽しいセックスができるようになりたい。

 
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