産んでも産まなくてもこれでよかったと思える人生のために。女として「自分が主語」の人生を楽しむためのヒントがある。34歳で子供が欲しくなり、40歳で不妊治療をやめたコラムニスト吉田潮の体験。妊娠した時のこと、そしてその後のこと。『産まないことは「逃げ」ですか?』より紹介する。

子供をもたないという覚悟もある

 

 逆に言えば、子供をもたないという覚悟もある。子供を育てることは大変だと覚悟しているからこそ、もたずつくらずもち込ませず。お金というわかりやすい観点で説いてくれたのが、ネットニュース編集者の中川淳一郎さんだ。

「もし、子供ができたら、あと20年くらいは死ねないじゃないですか。公立と国立に行かせても数百万、私立だったら数千万円。その金を用意するために働かなければいけないでしょ。俺にとって仕事は苦行ですよ。できるだけ仕事する期間を短くしたい。のんきにドラクエやって、海辺でアジを釣ってその日の晩酌をする人生を送りたいんですよ」

 子供が大人になるまで面倒をみるという責任感があるからこその、非「親」宣言だ。その根源はどこにあるのか聞いてみた。

「子供の時、家が貧しかったんです。父親はほとんど日本にいなくて、いたとしてもほとんど家に帰ってこなかった。麻雀狂いと言っていましたが、実際のところはわかりません。とにかく、貧しくて子供がいるということは大変だと肌で感じていました」

 中川氏には2歳上の姉がいる。

「俺が6歳の時、弟や妹が増えて、さらに貧しくなるのはイヤだと姉と話したんですよね。もし弟や妹ができたら、多摩川に投げ捨てに行こうね、と結託していたんですよ。弟や妹はいらない、だったらドジョウやクワガタのほうが欲しい、と」

 昔で言うところの「間引き」だ。これを末恐ろしい感覚だとは思わない。そもそも子供は残酷な生き物だし、幼少期の中川さんの心情は理解できる。

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