<第36回>

6月×日
【「シャツはシャツでも食べられないシャツ」(前編)】 

 

「じゃあ、いじわるクイズね!」

近くで響いた、そんなソプラノ声に目を覚ます。

 

梅雨入りの京浜東北線車内。大粒の雨が夕方の車窓を打つ。いつのまにかシートに座ったまま居眠りをしてしまっていたようだ。隣に、学校帰りだろう、半ズボンの制服に白いポンポン付きの黒帽子を纏った「私立」丸出しの男子小学生がふたり、お喋りに花を咲かせていた。背丈から察するに、小学三年生あたりだろう。

 

「東京タワーのてっぺんは、何県何市でしょうか?」

「…うーん、難しいなあ」

 

いじわるクイズ。因数分解すると、「いじわる」な「クイズ」。うん、因数分解する必要などまったくなかった。「いじわるクイズ」という、なんのひねりもない言葉の響きに、おもわず微笑ましい気持ちになる。小学三年生とは、おそらくこの世で最も「ひねりのない」生き物である。

 

鼻くそがあれば、食べる。

ヤクルトがあれば、飲む。

プールサイドがあれば、走る。

ビート板があれば、齧る。

 

小学三年生という生き物の、見事なまでの、ひねりのなさ。

そんなひねりのない彼らが、必死で「ひねりのある」ことを言おうとする背伸び。それが、いじわるクイズなのである。

彼らが懸命にいじわるクイズに取り組む姿、それが車内の空気を牧歌的なものへと変えていく。

 

「ブブー、時間切れ。答えは、き県たちいりきん市(危険立ち入り禁止)でしたー!」

 

ほう、と僕は思わず唸る。なかなかによくできた、いじわるクイズである。三年生にしては、そこそこひねりがあるではないか。頭にポンポンをつけているだけあって、いじわるクイズの中にも偏差値の高さを漂わせている。

 

「じゃあ、次は僕からのいじわるクイズね!」

 

いままで受け手だった子が、今度は責め手へとまわった。こんどはどんないじわるクイズが飛び出すのか。自然と胸を躍らせている自分がいた。

 

 

「シャツはシャツでも、食べれないシャツはなんでしょうか?」

 

…え?

え?

ええ?!

あまりのことに様々な「え」のバリエーションを用いて驚いてしまった。

なんだ、そのいじわるクイズは。

 

「パンはパンでも食べられないパンはなんでしょうか?」といういじわるクイズなら、わかる。でも彼はいまはっきりと、「シャツはシャツでも食べられないシャツ」と発言した。

シャツは、最初から食べることができない。このいじわるクイズは、そもそもが破綻している。

それともあれなのか?この子の家では、普通にシャツを食べているのか?この子を私立に入れるために、母さんは家で造花の内職をし、夕飯はシャツを醤油で煮たものを食べている、みたいなことなのか?

回答者役の子も、完全に答えに詰まっていた。

 

電車が駅のホームへと近づく。

ドアが開く。

ふたりは立ち上がる。

「ブブー、時間切れ。答えはポロシャツでした。なぜなら…」

そこでふたりは電車を降り、ドアが閉まった。

 

いじわるすぎるだろう。

 

超気になる。「なぜなら…」の続きが、超気になる。

思わずふたりを追いかけたい衝動に駆られたが、時すでに遅し。僕を残して、無情にも電車は動きだしていた。

慌ててiPhoneを取り出し、「シャツはシャツでも食べられないシャツ」でグーグル検索。

なにも、ヒットしない。

インターネットの無力さを僕はまざまざと実感する。

たかが小学三年生の出題したクイズにすら答えることができないなんて!お前にはもうがっかりだよ、インターネット!いままでお前のためにいくら費やしたと思ってるんだ!段ボール箱に入れて「悪いな、もうお前のことは飼えないんだ」と捨ててやろうか!それも今夜中に!

インターネットに対する憤りが湧き起こる。

僕は、おそらくこの先、「シャツはシャツでも食べられないシャツは?」の真実を知ることなく、生涯を終えていくことになる。ああ、いやだ。ずっと奥歯にササミがはさまっているような気持ち悪さが、死ぬまで続くだなんて。

もしこれがフェイスブックであれば、「いじわるクイズの答えが知りたい人は『いいね』をクリック!」というページが現れ、1クリックひとつで僕は気持ち悪さから解放されることだろう。しかし、残念なことにこれはフェイスブックではない。現実だ。

 

電車に揺られながら、僕はある昔の記憶を掘り起こす。

それは僕が小学三年生のときの記憶。

僕たち三年一組の教室は、空前の「いじわるクイズ」ブームに沸き立っていた。

次回へ続く)

 

 

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