岐阜在中の歴史作家・鈴木輝一郎がゆるりとめぐる、戦国武将の史跡。
つい見落としてしまいがちな渋い史跡の数々を自らの足で訪ね、
一つ一つねぶるように味わい倒すルポルタージュ・ブログシリーズ開幕!

義元が進んだ桶狭間の道はけっこう不安

 桶狭間を現地踏査すると「桶狭間古戦場」は2箇所あります。史跡桶狭間古戦場伝承地というのがこれ。

 もうひとつ、「桶狭間古戦場公園」というのがこれ。

 このふたつはごくちかくにあるので、「どちらが本物」とかいうよりも、「どちらも本物」と解釈するのが正解かな? 

 桶狭間の合戦は織田信長と今川義元との直接対決ばかりがクローズアップされがちですけど、今川義元軍は実働部隊2万5千、輸送部隊などをふくめると4万5千ぐらいの大軍だったんで、当然作戦の展開場所も広いですわな。

 今川義元が本陣を置いた沓掛城から桶狭間まで、カーナビを使って車で18分。桶狭間は尾張と三河の境界線上で、けっこう起伏がある。ずっと住宅地なんで、当時の面影はのこっていませんが。ただ、起伏のせいで意外と先がみえない。沓掛城から桶狭間まで、カーナビがついててもけっこう気分が迷います。未知の道は長く感じるものです。

 今川義元側のたどった経路を走ってみると「初めて踏んだ土地で、道案内が信用できるかどうかもわからないのに、よく義元は前進できたもんだなあ」なんて痛感します。

 今川義元は信長の引き立て役にさせられて、バカ殿扱いされることがけっこうあるんですが、実際に現場にいくと、義元の肝っ玉の太さを感じたりします。こういうことが現地踏査の重要なところ。

 桶狭間古戦場公園には今川義元・織田信長像が建てられてます。古戦場公園にはジオラマやパンフレットなどがあります。

 それにしても古戦場や城址の写真、「わかりやすいアングル」ってだいたい決まっていて、誰が撮っても同じに見えるところが難点。
 せっかく自分で足を運んで現地写真を撮っているのにね……。