若者は“草食化”していない!
豊富なデータと斬新な切り口で、巷に蔓延っている「若者論」「日本人」の欺瞞にメスを入れた問題作、『欲望のすすめ』の著者・古谷経衡氏に、若者の「草食化」という嘘、「○○離れ」の嘘、そして日本人の歴史観・「穏やかな農耕民族」という嘘などについて語ってもらった。

インタビュー/『欲望のすすめ』著者:古谷経衡

Q. 本書『欲望のすすめ』を執筆しようと思った動機をお聞かせください。

古谷 昨今、「若者の草食化」、あるいは「若者の○○離れ」という言葉に代表されるように、「若者が無欲になった」「若者の性質が変化した」と言われています。僕は、そのような「若者観」にすごく違和感があったんです。

「若者の草食化」と言ったときの“草食化”というのは、「結果」です。しかしそれが、「原因」だと言われているわけです。つまり、若者は根本的に変わってしまって、それ故に、「欲望」がなくなってしまったと……。

「○○離れ」というのも同じで、「クルマ離れ」や「新聞離れ」というのは、原因ではなく、結果にすぎません。それが、「若者がクルマに興味がなくなった」「クルマという物質そのものに魅力を感じなくなった」など、若者たちの根本的な性質そのものが変わってしまったというニュアンスで言われています。

「このような認識はちょっとおかしいのではないか」とずっと考えていました。そして今回、こういった言説を様々なデータをもとに検証してみたのです。

 

Q. 本のタイトル=『欲望のすすめ』に込められた思いを教えてください。

 

古谷 今はどちらかと言うと、「無欲のすすめ」というような「所有欲を捨てるほうが、スマートでかっこいい」と思えてしまう風潮です。でもそれって、“持っている人(持てるもの)”の理屈じゃないですか。持っているから、捨てることができる。あくまで「強者」の理屈だと思います。

残念ながら日本では格差が進んでいますので、捨てることすらできない人もたくさんいると思うんです。実際に、貯金がない世帯や生活保護で生活されている方もいるわけです。一般の会社員でも、給料が年々上がっていくという保証はなくなっています。そういう人に、「無欲でありなさい」と言うのは、やはりおかしい。逆に、「欲望」をある程度実現していかなければ、日本の経済や社会は発展していかないのではないないかとも思います。 

だから、『欲望のすすめ』というのは、括弧がつくんです。『(最低限の)欲望のすすめ』なんです。

このタイトルには色々な意味が込められています。まず、無欲であることへのアンチテーゼ。そして、「欲望」を最低限持っていないとマズイという指摘。この他にもありますので、それはぜひ本書読んでみて考えてほしいなと思います。

 

Q. 古谷先生は「若者は草食化していない」と主張されていますが、そもそも最近の若者が「無欲」だと思われるようになったのはなぜなのでしょうか?

古谷 「草食系」という言葉自体はつくられたものですが、実際にある程度「あるある」と思った人がいたから広まったわけじゃないですか。それではなぜ、多くの人が「あるある」と思ってしまったか。そのひとつの要因が、デフレーション(デフレ)です。

デフレの影響で、若者の可処分所得が非常に減っています。若者たちが、派手な消費ができなくなったのです。多額のローンは当然組めない。飲み会は激安居酒屋が主流になっている。服も古着が中心で、家もシェア(シェアハウス)しないと住めないほど、所得が減っている。

若者が「無欲」になっていると思われてしまうのは、単純に若者の消費行動が“地味”になったからです。ただそれは、「お金がなく、若者は地味にならざるを得ない」という「結果」でしかないはずですが、あたかも「若者が無欲になったから、質素な生活をしている」という「原因」にすり替わっている。特に、上の世代がそのように若者を見てしまう……。

 

Q. 今、「無欲」「無私」が推奨されているような気がしますが?

古谷 確かに、若者や若者を含めた日本人全体が満ち足りていて、「無欲」「無私」になったという考えが一部で支持されています。そして、「日本人は物質を求めなくなったから、もう日本ではモノが売れない」などと言う人もいます。

しかし、これは間違った認識です。本書のなかで対談した古市憲寿さんも言っていましが、そういうことにしておけば、“責任”が問われない。本来は、長期不況や政府の無策が原因でモノが売れなくなったのに、「相手が変化してしまったから」という理由ならば仕方がないとなる。

政府や財界人の責任になってしまうから、一方的に「若者の性質が変わった」「日本人のマインドが変わった」ということにしたいのでしょう。