イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 元禄3年(1690)、湯島聖堂(昌平坂学問所)の建設が始まったころのことである。 
 聖堂の普請にかかわる本郷の仕事師五、六人が連れ立って歩いていると、緋縮緬の大振袖をだらしなく着た17、8歳くらいの娘が、薄よごれた木綿の着物を着た50歳くらいの父親に手を引かれて歩いているのに出くわした。
 娘は仕事師たちを見ると、「助けてください」と、涙を流した。

 娘はなかなかの美人で、着物も高価そうである。仕事師の親分が尋ねると、父親の返答はしどろもどろで、要領を得ない。そこで親分は、
「そのかっこうで外を歩くのは見苦しい。ともかく、うちに来て、身支度をしなせえ」
 と、強引に父親と娘を自分の家に連れて行った。

 家にあがるに先立ち、親分が娘によごれた足を洗わせたところ、なんとも慣れぬ手つきで、しかも足をふいた手ぬぐいをぽいと土間に投げ捨てた。
「なぜ、手ぬぐいを捨てる」
「下をぬぐったので不浄です」
 その後、帯を締め直そうとするのだが、ひとりでできない様子である。

 名前を尋ねても、はっきり言わない。親分は不審をつのらせ、父親に言った。
「この娘ごは、しばらくあっしの家であずかりやしょう」
「なにを言う、わしの娘じゃ」
「いや、どうもおかしい。かどわかしたのじゃないのかい」
「何を言うんだ。とんでもない」
  父親が大声でわめきたてる。

 
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