イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 仕事師とは、土木工事に従事する者のことである。 寛政年間の見聞を記した『梅翁随筆』に、つぎのような話が出ている。

 神田に住む仕事師の親方が、多くの手下を従えて現場に出た。
 いざ昼飯を食う段になって、弁当箱がない。誰かがいたずらをして隠したのではないかと思ってさがしたが、見つからない。
 ほかの者はみな弁当に取りかかっているのに、自分だけ弁当がないので、
「ちっ、くそ面白くもねえ。俺は、きょうは仕事は休みだ」
 と言い捨て、近くの知り合いの酒屋にはいって酒を呑み始めた。

 ふと見ると、酒屋のそばの道端に腰をおろして弁当を食べている若い男がいたが、その弁当箱はまさに自分のものである。親方はつかつかとそばに行くや、胸倉をつかんだ。
「てめえ、ふてえ野郎だ。それは俺の弁当箱じゃねえか。盗みやがったな」
 若い男は平身低頭して謝った。
「親に勘当されて、行き先のない者でございます。きのうから何も食べておらず飢えておりましたが、たまたまこの弁当箱が落ちていたので、拾ったのでございます」
 盗んだのは明白だったが、いかにもやつれた様子を見ると、かわいそうになってきた。それに、いまさら、食べかけの弁当を返せともいえない。
「しょうがねえ、その弁当はてめえにくれてやらぁ」

 親方はいまさら仕事に戻る気もしないので、そのまま家に帰った。
「おい、帰ったぜ」
 家にはいろうとすると、内側から戸締りがしてあり、まるで留守のようにシンとしている。

 
次のページ 親方が強引に戸をこじ開けてなかにはいると……