目の前にいる人を相手にできてない

二村 男も傷つくことを恐れ過ぎており、さらには享楽への欲望より嫉妬の感情のほうが強くなってしまった。男も女も、いま目の前にいる人のリアルを相手にできておらず、言葉だけが行き交っている。

イラスト:たなかみさき

宮台 そうです。大切なのは、バイブで「何を」体験したか、複数プレイで「何を」体験したか、ゆきずりで「何を」体験したかです。その点、セックス歴40年で「人数を稼いだ男」に言わせれば、昨今ではいろんなプレイをしてきた女ほど「経験値が低い」のですね。

 実際、気絶したり前後不覚の眩暈を経験したりという女は殆どいない。昔との違いです。男に合わせているだけ。女が密かに抱いてきた妄想の現実化じゃない。だからハマれないで、やり過ごしちゃってる。なのに、クズ男が「憧れの女と◯◯プレイしたぜ」と達成感に浸る。

 そうしたクズ男ほど、自分がしたことのないプレイを相手があれこれしてきたと聞くと、「◯◯をしたことがある/ない」という言葉の二値的な割振りに振り回されて萎縮しちゃう。そのことについては、僕はAVが歴史的に果たしてきた悪い役割もあるように思います。

『どうすれば愛しあえるの』より構成)

宮台真司 みやだい・しんじ
社会学者。映書批評家。首都大学東京教授。1959年宮城県生まれ。東京大学大学院人文科學研究科博士課程修了。社会学博士。権力論、国家論、宗教論、性愛論、犯罪論、教育論、外交論、文化論などで多くの著書を持ち、独自の映書評論でも注目を集める。著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎文庫)、『いま、幸福について語ろう 宮台真司「幸福学」対談集』(コアマガジン)、『社会という荒野を生きる。』(KKベストセラーズ)、『正義から享楽へ 映書は近代の幻を暴く』(blueprint)、『反グローバリゼーションとポピュリズム』(共著、光文社)など。

二村ヒトシ にむら・ひとし
アダルトビデオ監督。1964年東京都生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶応義塾大学文学部中退。監督作品として「美しい痴女の接吻とセックス」「ふたなりレズビアン」「女装美少年」など、ジェンダーを超える演出を数多く創案。現在は、複数のAVレーベルを主宰するほか、ソフト・オン・デマンド若手監督のエロ教育顧問も務める。著書に『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(ともにイースト・プレス)、『淑女のはらわた』(洋泉社)、『僕たちは愛されることを教わってきたはずだったのに』(KADOKAWA)など。