幕末と現代を隔てるのは、約150年という時間だ。タテマエにせよ男女同権が守られる現代と、そうではなかった幕末とでは「女性の人生」は大きく違う。これは動乱の幕末を、与えられた環境と条件のもとに生き抜いた美女たちの「肖像」である。今回紹介するのは、木戸孝允の妻。

◆夫・木戸孝允への捨て身の献身愛は真似できない!

幾松の夫、木戸孝允(国立国会図書館)

 小浜藩の下級武士・木崎家の娘として生まれたが、芸者出身の妻を持つ難波恒次郎の養女となったことがきっかけで京都の花街・三本木の美貌の芸妓として人気を得る。そんな幾松(後の木戸松子)を見初めたのが長州藩士の桂小五郎(後の木戸孝允)だった。
 一説に伊藤博文が集めた金で桂は幾松を身請けするが、その後も幾松は芸妓を続け、桂の情報収集を手伝ったという。

 元治元年(1864)の「禁門の変」で桂は多くの仲間を失ったが、自分は逃げ去らざるを得なかった(こうして付いた彼のあだ名が「逃げの小五郎」)。幾松は三条大橋のたもとに潜伏する桂に差し入れをしたり、新選組に捕らえられ、襦袢ひとつに剥かれて尋問を受けても桂の居場所を明かさず、逆に感心されるなど捨て身の献身愛を見せる。幾松の愛情にはまるで慈母の愛のような側面がある。

 

 桂は利発な志士ではあったが、躁鬱の傾向があった。自信を無くし「武士を廃業する」といって行方をくらました桂を、幾松は長州藩の命を受けて追跡、出石(兵庫県)まで迎えに行く。若い素人女性を妻に迎え、別人として暮らそうとしている桂を幾松は長期間かけて説得。長州藩に連れ帰る。その後も心身のバランスを崩しがちだった桂を支え続けている。

『一個人』2017年12月号「幕末・維新を巡る旅」より構成〉