イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 文化二年(1805)に死去した橘南谿の著『北窓瑣談』に、つぎのような話が出ている。場所は京都だが、江戸の吉原の花魁に通じるであろう。つまり、当時の上級遊女が美貌はもとより、いかに教養と品格があったかの証明といえる。 

 佐野栄庵は京都では名の知られた豪商だったが、長男は祗園や島原遊郭で遊びにうつつを抜かし、家業をおろそかにしていた。
 栄庵は親類縁者と相談し、「もはや勘当するしかない」と、心をきめた。

 たまたま栄庵は奉公人を供にして北野天満宮に参詣した。
 帰途、突然の夕立にあい、雨具を用意していなかったため、一軒の家の軒下で雨宿りをしたが、なかなか雨はあがらない。家のなかから十二、三歳くらいの女中が出てきて、言った。
「そこでは濡れてしまうでしょう。どうぞ、なかにおはいりください」
 栄庵は勧めに応じてなかにはいり、縁側に腰をかけた。そこに、さきほどの女中が煙草盆などを出す。
 煙草を吸いながら庭をながめると、けっして豪華ではないがどこか風雅な趣がある。いったい、どんな主人であろうかと、栄庵は興味が湧いてきた。

 
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