「老後の不安」が蔓延する日本。そんななかで、今日のいわゆる「定年本」、「老後本」の内容に異を唱えるのが、文筆家の勢古浩爾氏だ。勢古氏自身が、34年間勤続した洋書輸入会社を2006年に退職。以後10年以上の定年後人生を歩んできた。勢古氏が提唱する定年後、老後における人生の嗜み方について訊いてみた。

定年とは人生初の自由を手に入れる絶好のチャンス

 

 60歳の定年で(現在は65歳が大勢か。ゆくゆくは70歳か?)会社を辞めて、社会から降りる(私の場合、定年直前に退職したが)。

 最大の収穫は、なにもしなくていい自由が手に入ることだと思い、本『60歳からの「しばられない」生き方』を書いた。

 定年を間近に控えた人が考えることは、「会社を辞めたら、オレなにをするかなあ」だろう。

「なにもしなくていいんだ」という選択肢は、最初からないようである。なにかを「する」、なにかを「しなければならない」という観念は、わたしたちの頭に刷りまれているのである。

 どうやら、人はなにかを「しなければ」不安になるらしい。気持ちはわかる。なにより、無為の時間に耐えられず、なにもしていないと人間としてダメになるのではないかという恐れもある。

 わたしたちは、生まれると、そこからずっと「する」ことを求められてきた。行きたくなくても、幼稚園、小学校、中学校に行くことを強いられる。「強いられている」という意識はなくても、強いられていることにかわりはない。

 子どもたちはそこで勉強を「する」。運動も「する」。各種の塾に行かされる子もいるだろう。「友だちと仲良くしなさい」「親のいうことは聞きなさい」といわれる。

 これらは、人間の自由を制限する悪いことだといいたいのではもちろんない。わたしたちの人生は、ひたすら「する」ことを求められた人生だった、ということを確認したいだけだ。

 社会性を学び、まっとうな人間になるための規則があり、ルールがある。そのなかから子どもたちの自発的意志も育ってくる。そのために求められことは、とにかくなにかを「する」ことである。

 そこで「できる子」と「できない子」ができてくる。「できる子」はほめられ、「できない子」は叱咤され、激励され、蔑まされる。「できない子」は「したくない子」になっていく。「できる子」や「なにかをしている子」は有能と見なされ、「できない子」や「したくない子」は無能と見なされ、自分でもそう思ってしまう。この単純な二分法は極端であるが、しかし有能・無能の評価じたいは、人の世でいつまでもついて回る。有能を中心に世の中は回る。しかたのないことである。

 高校を出て働くか、大学を出て働くかは人それぞれだが、どちらにせよ、生きていくために、なんらかの仕事を「する」ことはあたりまえである。仕事をはじめると、「する」ことだらけである。

 よくも毎日毎日、仕事があるもんだと嫌になるほど、することがあるのである。しかも、より早く、より手際がよく、よりいいアイデアを出して働くことが求められる。会社の業績というものにしばられているからである。働く時間も決められ、時間にしばられる。社内規則でもしばられる。その代価が給料である。これは契約だから、文句をいうべき筋合いのものではない。

 男は、結婚を「する」。甲斐性という見栄や世間体にしばられて、一戸建て、自家用車にしばられる。しかし世の中は自分の思い通りにならない。こんなときになって「できる子」と「できない子」の差が出て来る。金にしばられているのである。

 女も結婚を「する」。出産を「する」。彼女たちが、女は結婚や出産をして当然という社会通念にしばられていないとはいえない。そこには人からどう思われるかという世間体が入っている。そして女性にとっても世の中は思い通りにならない。

 社会から降りることは、これらの「しばり」から解放される絶好のチャンスである。もう、たいていのことはしてきたのである。しなかったことや、できなかったことも多々ある。しかし、もういいではないか。「オレはなにをするかなあ」に、「なにもしなくてもいい」という選択肢を入れてもいいと思う。

 仕事を辞めても、金の軛だけはついてくる。金の軛以外のほとんどの「しばり」はすべて観念である。しばられない自由を得るためには、観念そのものを破砕すればいいのである。おれだって、定年後はなにもしたくないよ、腐るほど金があればそうするよ、という人がいるかもしれない。それはだめな自由である。金がないのに、自由に生きるのがいいのである。 

 
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