日本代表での活躍が多くの人の記憶に残っているだろう中村憲剛選手。代表やワールドカップに対して、これまでどのような思いを抱いてきたのでしょうか。

ワールドカップは「観るもの」、憧れですらなかった

 

 まずは、日本代表に選ばれるようになったことで、自分のプレーも変化していきましたし、周りの目も変わっていきました。周囲が自分を見る目が厳しくなり、何でもやれて当たり前だと思われるようになりました。その目がまた、自分自身を鍛えてもくれたんです。
 それまでは、ここ(川崎フロンターレ)のことしか知らなかったわけですけど、外の世界に出てみて、さらに面白いことがあるというのを感じて、純粋に長くこの場所にいたいなとも思うようになりました。

 その一方で、次も招集してもらえるという保証は誰にもないわけですから、後悔が残らないようにそのとき、そのときで目一杯やろうと考えましたね。
 それこそワールドカップなんて、子どものときは観るもので、憧れるものですらなかった。1997年に日本が初めてワールドカップ出場を決めたとき、自分は17歳。当時は、Jリーガーになれるとも思っていませんでしたし、アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに3戦全敗したのを見て、これが日本と世界の力の差かと、完全にファン目線。いつかそこに自分が絡むことになるとは、夢にも思わなかった。

 
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