イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 弘化四年(1847)三月中旬のこと。東海道の岡崎辺で小さな茶屋をいとなんでいる三五郎はまだ独り身だった。
 ある日、ひとりの山伏が茶屋に休み、蕎麦を注文した。三五郎が蕎麦を出すと、
「さてさて、風味のよい蕎麦じゃ」
 と、山伏は大いに満足した様子である。それがきっかけで話をするうち、山伏が言った。
「そなたは独り身と見受けたが」
「へい、さようです」
「では、わしがよい女房を世話してやろう」
 山伏がどこの誰かもわからないだけに、三五郎は本気にはせず、適当にあいづちを打っておいた。
「では、近いうちに参るからな」
 そう言い残すや、山伏は立ち去った。

 三月二十三日、山伏が女を連れて茶屋にやってきた。
「約束通り、女房になる女を連れて来たぞ。夫婦むつまじく暮らすがよい。けっして疑ってはならぬ。これは土産じゃ」
 山伏が紙包みを渡した。女は無言でじっと下を向いていて、顔を見せない。
「もはや顔をあげてもよいぞ」
 山伏は女にそう言うや、ぷいと立ち去った。

 
次のページ 不可解な行動をとる山伏、その正体は?