イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 天保元年(1830)ころに起きた若い男女の悲劇が『井関隆子日記』に記されている。 

 旗本春日家の半五郎・左門兄弟はともに独り身だった。
 同じく旗本の赤井家の庭で、半五郎と左門兄弟をはじめ若い旗本の子弟が集まり、弓で遊んだ。その様子を、赤井家の十六歳になる娘が物陰からそっと見ていて、快活で色白な左門を見初めた。もちろん言葉を交わしたわけでもなかったが、娘はひそかに左門に思いを寄せた。

 しばらくして、仲人を立てて春日家から赤井家に縁談が持ち込まれた。親が意向を尋ねると、娘はてっきり左門だと思い、真っ赤になって、「はい」と承諾した。
 あとはとんとん拍子に進む。

 祝言を終えて、女がそっと夫の顔を見ると左門ではなく、半五郎だった。事態が理解できず動転しているところへ、左門が挨拶に現われた。
「弟の左門でございます」
 ここにいたり、娘は自分の勘違いに気づいたが、もうどうしようもなかった。

 こうして不本意な結婚生活が始まったが、左門が別居していればそれなりにあきらめもついたろう。しかし、左門は同じ屋敷に同居しているため、毎日、義理の姉と弟として接していかねばならない。
 それでも、女がすべてを運命と受け止め、胸の内に秘めていたら、悲劇は避けられたであろうが、妻とは言ってもまだ十六歳だった。
 ふたりだけになったとき、女は左門に誤解の縁談だったことを打ち明け、さめざめと泣いた。左門も動揺する。
 ついにふたりは一線を越えた。

 
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