いまや年始の国民的行事となった箱根駅伝。数々の名勝負が多くの人の心をとらえてきたが、そのドラマは箱根路の217.1kmを走る前から始まっている。日頃の練習の合間に書いた日誌、内省、試合報告書に綴られた記録とともに、箱根を目指す選手たちの1年を追った「箱根駅伝ノート」を12月に上梓。自身、元箱根駅伝ランナーでもある酒井政人氏に、2018年箱根駅伝の展望について語っていただいた。
マネージャーの鈴木皐平(右)と、荘司結有(左)。選手たちを影でバックアップしてチームを支えている。

 箱根駅伝は出走する10人だけのドラマではない。華やかな舞台の裏にはいくつもの物語が隠れている。たとえば、箱根駅伝に出場するには4つの「関門」がある。1つめは箱根駅伝に出場できる大学の陸上部に入部すること。2つめはチームが箱根駅伝の出場資格を得ること。3つめは登録選手16名のメンバーに入ること。最後は本番の10名に選ばれることだ。そして、そのすべてのステージで〝涙〟がある。

 本格強化しているチームは誰でもウエルカムという世界ではなく、今年の早稲田大には4年生の長距離選手が6名しかいない(他に男子マネージャーが2名)。1年時の春には22~23名の同学年部員がいたが、レベルについていけず、その大半が夢をあきらめることになったのだ。

 加えて、早稲田大は2年生の時点で、選手のなかからマネージャーを1名出すという伝統がある。現在、主務を務めている鈴木皐平(4年)もそうやって選ばれた元選手だ。

 愛知県出身の鈴木は中学の頃から「W」のユニフォームで、箱根駅伝を走ることを夢みてきた。名古屋の強豪私立高校から誘われたものの、「進学校に行くのが早稲田大への近道」と判断。地元の県立進学校である時習館高校に入学した。高校2年時には5000mで14分54秒をマーク。長距離選手としても、箱根駅伝を狙える大学にスポーツ推薦で入学できるほどのタイムを残すと、一般受験で早稲田大に合格した。しかし、超名門校での〝箱根駅伝への道〟は想像以上に険しかった。

「受験勉強でカラダが鈍っていたこともあり、レベルの差に愕然としましたね。僕らの学年は5000mで14分台に匹敵する選手が20人近くいたんですけど、徐々に少なくなっていきました。実力が足らずに退部した選手が大半で、12月には8人になっていました」

 1年生の箱根が終わった後に、スタッフから鈴木、河合祐哉、中山智裕の3名が呼ばれて、「このなかからマネージャーを出すから」と言われたという。この3名以外の選手は5000mで14分20秒以内のタイムを持っており、実力差は明白だった。

「3人のなかで僕が一番結果を出していなかったんです。夏合宿では高校時代の倍近い距離を走りましたが、オーバートレーニングから鬱ぽくなってしまって。やめようとは思わなかったですけど、なんとなく察しましたし、余計に歯車が狂った感覚はありましたね」

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