歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 今回は、家康の長男でありながら、悲運をたどった、徳川家康の長男・松平信康を鑑定する。

松平 信康:(1559-1579)
生年月日:永禄2(1559)年3月6日(現行暦:1559年4月13日)

 徳川家康の長男・松平信康は、家康の長男でありながら、家康から切腹を言い渡され、自害に至った人物。その理由には諸説あるが、四柱推命を通して信康の人物像を明らかにするとともに、なぜ不運な運命を辿るに至ったのか、筆者なりに解釈を進める。

・織田信長、黒田長政と似たようなタイプ!?
 日柱の干支は、その人物の自然界での役割を表す重要な部分。信康はここに「戊寅(つちのえとら)」を持つが、これは春の山を表す。春先、雪解けを待ちわびた人々が山に集まり、山菜取りや登山をするように、大勢の人に慕われる人物だったのだろう。また、山であるがゆえに、ちょっとやそっとのことでは動じない強い精神力を持っている。
 日柱の干支に「戊寅」を持っているのは、織田信長、黒田長政も同様だ。このように、日柱に全く同じ干支を持ち合わせている人との関係を「律音(りっちん)」と呼び、60人に1人しかいない特別な存在である。似たようなタイプであるため、仕事などで組むと成功しやすい。

 信康の妻は、信長の娘・徳姫(五徳)であり、信康にとって信長は姑(しゅうと)に当たる。信康の「信」の字は信長から与えられており、相当近い存在だったのだろう。信康は、信長が武田軍と戦った長篠の戦いに徳川軍の大将として参戦し、多くの軍功を上げている。
 信康がなぜ自害に追い込まれたのか、その要因については諸説あるが、徳姫から信長に遣わされた書状(信康の非器を伝えるもの)に端を発したようである。つまり、家康が信康に自害を言い渡した裏側には、信長がいたということだ。信長は、なぜ貴重な「律音」の信康を自害に追い込んだのか。信長にとって信康は、自分と似たタイプだったからこそ恐れを為したのでは?と想像せざるを得ない。信長といえば、様々な戦略、策略を駆使し、天下統一を成し遂げた人物。同様に「律音」である、黒田長政も幼少期、信長から命を狙われており、「生かしておいては危険だ」という、信長独自の感が働いたのだろうか。

 
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