日本には、季節や節句に合わせた年中行事が古くから数多く存在する。しかし、なかには時代とともに廃れたもの、意味が変わったものも少なくない。江戸から現在までの庶民のイベントの様子を、絵や写真とともに振り返る。今回は「1月~3月」篇(雑誌『一個人』2018年1月号より構成)。

1月から3月の年中行事といえば?

 現代の日本社会は、4月が年度のスタートになっている。だが農耕が中心の江戸時代では年の変わり目が文字通り始まりの時期だった。初湯、初売、初富士…と何かと「初」をつけては、新年を祝い、福を願った。
 旧暦二月に入り、最初の午の日に行われる初午祭では、その年の豊作を祈願する。この日に稲荷神社の総本宮とされる伏見稲荷大社に、宇迦御魂神(うがのみたまのかみ)が降り立ったことに由来するが、当時の二月は現在の春先にあたる。農耕が始まる頃であり、祭りを一区切りとしていたのかもしれない。子どもたちはこの日に寺子屋へ入門する慣習があったともされる。

◎上巳の節句(桃の節句):3月3日(江戸時代)
 ~日本橋・十軒店(じっけんだな)の人形市が賑わった~
 江戸幕府は、一年のうちの五節句を公休日=祝日とした。上巳(じょうし)の節句である三月三日は、やがて雛祭りの日として庶民の間にも定着。十軒店(現在の日本橋室町)では人形市が賑わった。

「江戸名所図会 十軒店雛市」

◎初午祭:旧暦二月の最初の午の日(江戸時代)
 ~前の晩から提灯や幟を飾り立てた~
 旧暦二月の最初の午の日といえば、現代の3月下旬。この日は、豊作や商売繁盛など祈願する初午祭(はつうままつり)が行われ、縁日を楽しむ人々で街中が活気づいた。奉行所や武家屋敷が庶民に開放されることもあった。

◎バレンタイン・デー(昭和)
 ~全国的な定着は昭和40、50年代だそう~
 日本初のバレンタインチョコは昭和7年(1932)に発売。モロゾフの創業者がこの日に贈り物をする欧米の習慣を発信したことによる。昭和40年代から森永製菓も普及活動を展開し、50年代に全国に定着した。

雑誌『一個人』2018年1月号より構成〉