日本神話の最高神とされる天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
吉野ヶ里遺跡などのデータを科学的な方法で分析、整理すると
「天照大御神=卑弥呼」説が浮かびあってくる――!? その根拠とは?
 

『記紀』と『魏志倭人伝』で
酷似している二人の事績

 天照大御神は、『古事記』(712年成立)、『日本書紀』(720年成立)の神話などにみえる女神である。『古事記』では、「天照大御神」と書かれ、『日本書紀』では、「天照大神」と書かれている。

 天照大御神について、スケッチする。

①神々のなかで、最高の位置にある女神である。
②日の神、太陽の神とされている。
③高天原(たかまのはら)を統治していた。
④天皇家の祖先神である。
⑤弟の須佐男之命(すさのおのみこと)が乱暴をしたので、天岩屋戸(あまのいわやと)にこもる。すると、国中がまっ暗になった。
⑥天岩屋戸から出てきた天照大御神は、孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)を、葦原中国(あしはらのなかのくに)に降臨させた。この邇邇芸命が、皇統直系の神である。
⑦現在も、伊勢神宮に祀られている。

 この天照大神の事績が、『魏志倭人伝』に記されている倭(わ)の女王卑弥呼の事績に似ていることは、東大の教授であった白鳥庫吉(しらとりくらきち)が明治時代に、さらに和辻哲郎が大正時代に言及している。

 東洋史学者の白鳥庫吉は、明治43年(1910)に発表した論文「倭女王卑弥呼考」のなかで、『魏志倭人伝』の「卑弥呼」に関する記事の内容と、『古事記』、『日本書紀』の「天照大御神」に関する記事内容とを比較している。そして、この二つについて、次のように述べた。

「その状態の酷似すること、何人(なんぴと)も之を否認する能(あた)わざるべし」

 また、明晰な思考によって知られる哲学者の和辻哲郎は、大正9年(1920)初版の『日本古代文化』(岩波書店刊)のなかで、白鳥庫吉の説を発展させ、いわゆる「邪馬台国東遷説」を説いた。


《天照大御神は卑弥呼である 第2回へつづく》