日本神話の最高神とされる天照大御神。
吉野ヶ里遺跡などのデータを科学的な方法で分析、整理すると
「天照大御神=卑弥呼」説が浮かびあってくる――!?
その根拠を徹底検証する第2回。
 


和辻哲郎の説とは?

 和辻哲郎は、次のように考えた。

①邪馬台国は、九州にあった。
②『古事記』、『日本書紀』が伝える天照大御神の事績は、『魏志倭人伝』が記す卑弥呼の事績と一致する。
③『古事記』、『日本書紀』の神話が伝える「高天原」時代は、『魏志倭人伝』が伝える邪馬台国の記憶であろう。
④大和朝廷は、邪馬台国の後継者である。
⑤『古事記』、『日本書紀』が伝える神武東征(じんむとうせい)の物語の、「国家を統一する力が九州から来た」という中核は、否定しがたい伝説にもとづくものであろう。

『古事記』にある天皇の享年は
なぜ非現実的に年をとっているのか?

 『古事記』、『日本書紀』の古代の記事を読むと、現代の常識では、理解しがたいことも少なくない。そのなかでも、とくに、天皇が亡くなったお年(享年)についての記事は首をかしげさせる。ここでは、この問題を取りあげてみよう。

 たとえば『古事記』によれば、初代の神武(じんむ)天皇は137歳、第6代の孝安(こうあん)天皇は123歳、第10代の崇神(すじん)天皇は、168歳で亡くなっている。

 信じられない話である。

 このようなことから、神話は神話にすぎず、『古事記』、『日本書紀』の古い時代の記述については天皇の実在性そのものをふくめ、全面的に疑うという立場の研究者も出てきた。 


《天照大御神は卑弥呼である 第3回へつづく》