イラスト/フォトライブラリー
江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 幕臣は町屋に住むことは禁じられていたが、旗本の隠居の吉沼は本所の町屋に家を借り、気ままな暮らしをしていた。
 町内の長屋に座頭が住んでいて、いつしか吉沼と親しくなり、おたがいに出入りするようになった。
 やはり町内に富本節の師匠が住んでいたが、座頭の女房と密通していた。

 文化十四年(1817)六月、師匠と女房の密通が露見し、騒ぎになったが、あいだにはいる人があって、師匠が亭主である座頭に詫び金を払うことで内済(示談)が成立した。いわゆる「間男代七両二分」だが、金額ははるかに安かった。
 ところが、この内済に異を唱える者がいた。座頭夫婦が住む長屋の大家である。
「ふしだらな人間が長屋にいては、いずれまた騒動がおきるに違いない。迷惑だ。長屋から出て行ってくれ」
 座頭がいろいろと詫びをしたが、大家は頑として聞き入れない。困った座頭は、知り合いの吉沼に交渉を頼んだ。隠居とはいえ、吉沼は旗本である。武士が乗り出せば大家も折れると踏んだのだ。

 
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