甲斐の虎、武田信玄の家紋といえば、ひし形の割菱(わりびし)、いわゆる武田菱を思い浮かべるに違いない。ところが、実は信玄は花をモチーフにした“花菱(はなびし)”を愛用していたという。
 雑誌『歴史人』2月号では、歴史研究家の小和田泰経氏が戦国武将の家紋について解説してくれている。その中から、武田信玄の家紋について紹介しよう。

武田信玄が愛用した「花菱」

「武田氏は清和源氏の流れをくむ名門だった。すなわち、源義家の弟源義光の子義清が武田氏を称したのに始まる。その武田氏が、古くから家紋としていたのは、「割菱」と「花菱」であったらしい。
 武田氏の祖である源義光が着用した「楯無(たてなし)の鎧(よろい)」には、「割菱」と「花菱」紋の金具がつけられている。ちなみに、「楯無の鎧」というのは、楯が要らないほど堅固なことから名付けられた大鎧で、武田氏嫡流の重宝として受け継がれた。この「楯無の鎧」は、その後に修復されることはあったにせよ、もともとは平安時代後期には存在していたとされる」
 武田家の家宝である楯無の鎧には、花菱があしらわれているのだ。

 

「“割菱”は、菱紋を四つに区分しているので、厳密にいえば四割菱であった。なお、この割菱は、武田氏が専用したため、“武田菱”としても有名である。武田菱の由来については、諸説あって判然としない。沼や池に群生する水草の菱からとも、武田氏の“田”の字を菱形にしたともいう。ただ、菱の紋様そのものは古代からみられるため、それを家紋に取り入れた可能性もある。
 “花菱”は、花をデザインに取り込んだ菱紋で、特に女性の間で好まれたという。ただし、武田信玄の肖像画では、着用している直垂に花菱がみえるうえ、寒川神社に奉納した六十二間筋兜にも、花菱紋の金具がつく。信玄自身は、花菱紋を好んでいたようである」
 信玄の肖像画の装束にも花菱が散見されることを見ると、信玄は花菱を好んで使用していたようである。ちょっと意外である。 

『歴史人』2018年2月号「戦国武将の家紋に秘められた謎」より。〉