「政府はウソばかり発表する」「政治家の言うことなんか信用できない」「マスコミに騙されるな」などと言われれば、なるほどと思ってしまう。しかし「政府発表はウソばかり」「政治家は信用できない」「マスコミに騙されるな」と叫ぶ人を、はたして信用できるかというと、もっと信用できないケースのほうが多い。一昨日トランプ大統領は自らを巡る報道で、事実と異なるとみなしたフェイクニュース大賞を計11件発表した。時として「偽書(フェイク)」を信じた権力者により、とんでもない禍が生じることもある。ヒトラーによるホロコーストが「偽書(フェイク)」によって生まれたと知ったら、驚くであろう。このことを最新刊『世界を動かした「偽書」の歴史』で作家中川右介氏はフェイクニュースの恐ろしさを警告する。

■史上最悪の偽書

写真:アフロ

 偽書は、偽書と知ったうえで一種のフィクションとして、その内容を面白がって読む分には、罪はない。だが、それが社会全体で信じられて冤罪を生み、大量虐殺につながるとしたら、冗談ではすまされなくなる。

 世界史上最悪の事件といっていい、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を生み出したのが、一冊の偽書だとしたら、それは史上最悪の偽書であろう。

 その書こそが、『シオン賢者の議定書』だ。

 一八九七年八月二十九日から三十一日にかけて、第一回シオニスト会議なるものが、スイスのバーゼルで開かれた。これ自体は歴史的事実である。シオニスト会議とはユダヤ人の代表の会議で、目的は「パレスチナにユダヤ人のための、国際法によって守られたふるさとを作る」ことだった。

 ユダヤ人はパレスチナを追われ、世界中に散らばり、それぞれの国で弾圧されていた。国家を再建するのは民族の悲願だった。これも歴史的事実である。

 このシオニスト会議の議事録が『シオン賢者の議定書』と題され、「ユダヤ人が世界征服を企んでいる証拠」として世に出た。これこそが史上最悪の偽書なのだ。

 この『議定書』は会話体の二十四の文書によって構成されている。つまり、秘密会議の議事録のような体裁だ。内容は、ようするに「ユダヤ教以外の宗教をこの世からなくしてしまい、非ユダヤ人の国家を弱体化させ、ユダヤ人によって世界を統一しよう」ということだった。

 陰謀の具体的な計画が書かれているのではない。どちらかというと、心構えというか、そういうレベルのものだ。「計画遂行に役立つのであれば、暗殺、買収、詐欺、裏切り行為などを、けっして尻込みしてはならない」とか「我々の合言葉は、権力と偽善だ」とか書かれている。

 だがそれは「ユダヤ人が世界支配のために書いた」という前提で読むからで、たとえば中国人が書いたという前提で読めば、「中国人は怖い」となるし、戦前の日本陸軍の秘密文書だという前提で読むと、「日本はなんてひどいんだ」となるであろう。

「書かれている内容」そのものよりも、「書いた人びと」が世界支配を企て、そのための秘密指令文書であるという、文書全体の枠組みに問題があるのだ。

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