◆変質する学歴社会の実態

 首都圏での中学受験者が増加傾向にあるということは、保護者の教育熱、それも「名門校への進学熱」が高まっていることを示している。なぜ、保護者の進学熱は高まっているのか。我が子の進学に何を期待しているのか、小学生2人の娘をもつ都内在住の父親に訊いてみた。

「いわゆる『いい学校』に進学して『一流の会社』という道を自分の子どもに歩ませたいというのは、子どもに幸せになってもらいたいからにほかなりません」。それが、彼の返事だった。

 ここだけ聞けば、学歴信仰だとおもえる。いい大学を卒業すれば、いい会社にはいることができ、安定して豊かな人生を送ることができる、という学歴社会が前提になっているように聞こえる。

 そこで、「いまでも学歴社会だと信じているのか」との疑問を彼に投げかけてみた。いい大学に入学するには、中学や高校も進学率の高いところを選んだほうが有利である。だからこそ、我が子に中学受験させるといえる。

 その質問に彼は苦笑いを浮かべながら、「確固たる学歴社会が存在しているとは考えていません」との答を戻してきた。さらに続ける。「いい大学を卒業したからといって、いい会社にはいれるとはかぎらない現実があることも知っています。一流といわれる会社でも、経営危機に陥る時代ですから、一流会社にはいったからといって安定した生活が保障されているわけでもないこともわかっています」

「でもね」と、彼は続けた。「でもね、学歴で人を判断する現実はありますよね。東大卒と地方の名前も知られていないような大学の卒業では、受け取られ方に大きな差があるのは現実です。東大卒というレッテルがあるほうが有利なことはあります」

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