「徘徊癖」はなかなか厄介

連載「母への詫び状」第十二回〉

 暴力、徘徊、弄便。この3つが認知症の困った症状トップ3ではないかと、前回に書いた。

 うちの父の場合は、徘徊癖があった。一緒に暮らし始めてみると、これが予想以上のストレスだった。

 知らぬ間にどこかへ出かけてしまい、どこに行ったかわからない。最悪の場合は(ぼくと暮らしていた間はなかったが)、家に帰ってこられなくなり、警察に保護される。あるいは善意のタクシーで送り届けられる。

 こちらもなるべく目を離さないように注意はするが、一日じゅう監視のような態勢で見守るのは無理だ。

 早朝、まだ日が昇ってすぐの午前5時頃に、父が玄関のカギを開けて出かけようとする。年寄りの朝はおそろしく早い。ぼくはカギの音にピクっと反応して、あわてて飛び起き、半分寝たままの頭で父を追いかける。

 連れ戻そうとすれば「なんだ、散歩してるだけだ」と機嫌を悪くする。実際にちょっと散歩して戻ってくるだけのことが多いと、そのうち気付いたが、何度か保護された話を聞いている身としては、玄関のカギを開ける音がするだけで気が気でない。

 午前5時からこれでは、とても安眠などできたものではない。

 徘徊癖のある認知症の人を動き回らせないようにするには、外からカギを掛けた部屋に閉じ込めるか、手足を縛ってベッドに拘束するか。たぶんそのくらいしか対策はない。

 お金の面でも困ったことが起きる。

 父は知らぬ間に出かけると、近所の床屋さんへ行って散髪してくる日がよくあった。これを徘徊癖に含めるべきかどうかはわからないが、とにかく頻繁に床屋へ行く。

 下手すると毎日。もっと下手すると1日に2回、散髪に行く。当然そのたびにお金がかかる。

 母も困り果てて、その床屋さんに「もし来たら家に返してください」とお願いしていたらしいが、先方も客をむげに扱うわけにいかない。頑固な客が来店して「散髪してくれ」とイスに座ってしまったら、何もせずに追い返すのは難しいだろう。

 
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