《連載書き下ろし再開予告》
森博嗣『道なき未知』は、月刊誌『CIRCUS』で2012年より連載第1回がスタート。第11回まで原稿は掲載されましたが、『CIRCUS』休刊に伴い連載は休止。執筆済の第12回の原稿は未公開。今回これまでの連載原稿を順次再録し、第13回からは著者に新たに書き下ろしていただきます。

第1回

道を探しているだけで良いのか

カーナビで消える道

 僕は山奥に住んでいるので、ドライブに出かけたとき、普段走っている道がカーナビのディスプレィから消えてしまうことがある。車がその道を通っているときはさすがに消えないが、大きな道に出ると途端に今まで走っていた道が消えるのだ。

 怪しい道だからかもしれない。車が停車すれば見えるのだが、走りだすと消えてしまう。きっと設定で変えられるのだろうけれど、説明書を読まずに使っているからこうなる。

 道があると便利だ。道は、親切に目的地まで連れていってくれる。似た表現で「レールが敷かれている」ともいうが、この表現は素晴らしい意味には使われない。なんとなく、将来が決まっていて安心な反面、面白くない、といった響きがある。

 ところで、僕はほとんど車で移動をするので、滅多に鉄道に乗らないのだけれど、自分の庭に小さな鉄道を敷いている。小さいといっても普通の鉄道模型よりはずっと大きくて、ちゃんと人が何人も乗れるし、重いものも運べる。実物の4分の1から6分の1といった大きさだ。この線路は、僕が一人だけで土木工事をした。樹を避け、勾配の緩やかなところを吟味して通した。まだ完成していないけれど、今でも三百メートルほど走ることができる。

 線路を自分で敷くとわかるのだが、自然の地面にはもともと道というものはない。当たり前のことだけれど、これは凄い発見だと感じた。

 そして、僕が作った鉄道は、カーナビにも出ないし、グーグルの地図にも現れない。

つい道を探してしまう

 なにをしても上手くいかない、と悩んでいる人は、ほとんどの場合「道」を探している。上手くいく方法はないか、成功した人が知っていて自分は知らない方法があるにちがいない、と。しかし、そうではないと思う。成功すると、そこに道ができるけれど、それはほかの者が通っても同じような成功へは辿り着けない。本や雑誌に書いてあるノウハウというのは、参考にはなるものの、それで必ず上手くいくというものではない。どこに問題があるのかといえば、それは「道を探そうという姿勢」にある。積極性は立派だが、自分の道というのは、探すのではなく、自分で築くものだからだ。

 とまあ、そういう概念的なこと、抽象的なことを書いても、ピンとこない人が多いことと思う。僕自身は具体的なものが大嫌いで、抽象的なものをいつも求めている。けれど、世の中は大半は、具体的でないと話さえ聞いてもらえないようなのだ。

 たとえば「どんな仕事をしたいのか」と尋ねると、ほとんどの人は既に存在する職種を具体的に答える。さらに、自分の知った人が実際にしているものが、憧れの仕事として認識されている。そんな場合が多い。

 世の中で大成功をして大金持ちになった人というのは、たいてい、それまでなかった仕事を始めた人である。誰もやっていなかったことを発想して実行したのだ。これなんかが、道のないところへ踏み出したフロンティア精神といえる。

 都会には道が沢山あって、道以外のところは歩けない。それは、都会が「お膳立てされた場」だからである。同様にゲームなども、作者が想定した道しか選択できない。こういう世界では、隠された道とか、お得な情報、みたいなものが仕込んであって、その情報が価値を持ち、売られていたりする。

 だから、そういう情報を買って、損をしないようにしよう、と今の人たちは考えている。都会とゲームの中ではそのとおりかもしれない。でも、現実の世界をよく見てみよう。世界には、都会でないところのほうがはるかに広い。現実はゲームのようにお膳立てされていない。それなのに「道」を探すことに必死になっていると、すぐ目の前にあるチャンスを逃すことになる可能性がある。

僕は何様か

 いきなり最初から偉そうなことを書いてしまった。僕の特徴は、空気を読まないことだ。実は、空気が読めないわけではなく、空気を読んだうえで、あえてそれに反発する方向を目指す天の邪鬼なのである。

 僕は四十七歳までは国立大学の工学部に勤めていた。研究と教育が仕事だった。三十八歳のときに突然小説を書いてみたら、人から小説家と呼ばれるようになった。年収が一気に二十倍になったけれど、しばらくは研究が楽しかったので続けていた。でも、歳を取るにしたがって、会議が増えて、つまらない仕事の割合が多くなった。もう一生食べていくだけの貯金ができたので、大学を退職し、小説の仕事も新しいものはお断りしている。ようするに隠居生活だ。そういう五十を越えた年寄りがこれを書いているのである。

 

庭園鉄道は毎日運行している。