フィギュアスケーターとして、バンクーバーオリンピックに出場するなど活躍してこられた織田信成さん。4年前、競技選手を引退しようと決意したのには、どんな理由があったのでしょうか。

きっかけは、新しい家族のこと

――競技選手としての引退を考えたのは、いつ頃でしょう。

 

 きっかけは、新しい家族ができた時ですね。結婚をして、子供が生まれることで、モチベーションは高まりました。ただ、競技選手=アマチュアのフィギュアスケート選手では、家族に不自由ない生活を与えてあげることは、正直難しいんです。だから、フィギュアスケート選手でアマチュア時代に結婚する人は、とても少ないです。結婚してからようやく自立し、自分の力だけで家族を養うことの現実が、わかったんです。

――それから引退までの間には、どんな思いが?

 左膝に膝蓋靭帯炎が発症したこともあって、引退を強く意識するようになりました。リハビリを経て迎えたソチオリンピックシーズンが、競技選手としての最後のシーズンになるかもしれないと覚悟していました。NHK杯では2位、グランプリファイナルも3位と順調だったのですが、全日本選手権ではショートを5位で終えることに。その時「フリーでもダメだったら、引退だな」と覚悟を決めていました。会場で、母にだけその気持ちを伝えたのを覚えています。

 

――最後はどんな気持ちで?

 母に引退の覚悟を告げた時、意外にも引き止めなかったんです。たぶん、僕の心中をすでに察していたんですよね。当時、妻は子どもの世話でかかりっきりになっていて試合にはほとんど来ていなかったのですが、その時の試合には母が妻を呼んでいましたから。
 結局総合4位に終わり、オリンピック出場は叶いませんでした。最後は思いっきり泣きましたけど、悔いはなかったです。折しも、その大会では羽生結弦選手が2連覇を達成して、宇野昌磨選手も7位と大健闘しました。後輩たちの躍進が、僕を次のステージへ押し出してくれた気がします。 

〈明日の質問は……Q25 .「フィギュアスケートにまつわるジンクスはありますか?」です。〉