男子たるもの、「いつかは、こんな男になりたい!」という理想の人物がいるはず。
スタイルも生き様もすべてがかっこいい、伝説の男のファッションの秘密に迫る短期連載。

第2回は、死後四半世紀近く経つ今なお、ファッションアイコンとして君臨する
セックス・ピストルズの2代目ベーシスト、シド・ヴィシャスの魅力に迫る。

あまりにも生き急いだパンクロックの伝説

 1957年5月10日、イギリスに生まれたシドは、自信が熱狂的なファンであったパンクバンド、セックスピストルズに2代目ベーシストとして迎えられる。友人であるヴォーカルのジョニー・ロットンと人気を二分するも、その激しいライブパフォーマンスでトラブルも絶えなかった。ピストルズ解散後はソロ活動を行ったが、次第に麻薬中毒の症状が悪化。1978年に恋人のナンシーが変死すると、その後を追うかのように翌年ドラッグの過剰摂取で死亡。享年21歳という若さだった。

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今なお残る、伝説のシドネックレス&シドベルト

 パンクロックの神様、シド・ヴィシャス。初代ベーシストが脱退後、楽器を一切弾けない彼が、セックス・ピストルズの2代目ベーシストとして迎えられたのは、誰よりもアツく激しいパンクスピリットと、卓越したファッションセンスがあったからだという。

 

 独創的なパンクファッションは、彼がまだセックス・ピストルズの熱狂的なファンであった時代から有名だった。細身の体躯に髪を逆立たせたツンツンヘアがトレードマークで、彼の愛用品としてまずあげられるのは、通称”シド・ネックレス”、および”シド・ベルト”と呼ばれる「R」の彫金を施した南京錠のネックレスと、リング装飾ベルト。このふたつのアクセサリーはパンクロックファッションのアイコン的アイテムとなっており、シドのことを知らない人でも、一度は見たことがあるだろう。また彼が好んで着ていたものでは、ルイスレザーのライダースジャケットやセディショナリーズのガーゼシャツ、モヘヤカーディガン、ドクターマーチンの10ホールブーツなどもあげられる。さらにスーツやTシャツを破り、安全ピンや缶バッチ、スタッズを用いて自らカスタムするというスタイルも、彼のオリジナルなのだ。こうして見ると、現在のパンクロックファッションは、彼がこの世を去って40年経った今なお生き続けていることがわかると同時に、そのスタイルがいかにかっこいいかが、再認識できるだろう。

ファッション業界のフォロワーたちの声は?

「パンクと言えば、やっぱりこの人!パンクという音楽を、初めてファッションの一ジャンルとして絡めたのは彼だと思う。その影響力は計り知れないです。」(Hさん・ファッションデザイナー)

「革ジャンにバイク、南京錠と、パンク少年があこがれるすべての要素がつまっいる!ツンツンに立てるヘアスタイルも、子どものときあこがれでした」(Hさん・スタイリスト)

「映画『シド&ナンシー』を観て、彼のロックンロールな生き方に感銘を受けました。男だったら一度はあんなヤツになってみたいと思うのでは?」(Nさん・スタイリスト)

「ドラッグに溺れて自ら命を絶ったような最期だったけど、そんな生き方もパンクじゃない?自分はマネできないけど、ファッションだったらアリかも。」(Kさん・読者モデル)

 

ファッションにおいても多大な影響を後世に残したシド。
次回、後編ではよりそのディテール部分に深く迫ります。お楽しみに!