■給料を全額父母に渡しているけれど…

著書の写真は家族の席順だ。母親だけスツールだったという。

 大人になってから驚いたことがあります。このときの記憶があるのは長女のわたしだけかと思っていたのですが、ひとつ下の弟、3つ下の妹もこの日のことをはっきりと覚えていると言うのです。理解はしていなかったけれど、その先にある「何か」を感じ取っていたのでしょうか。

 いずれにせよ、この「琵琶湖会議」―わたしはそう呼んでいます―は、いまにいたるまでの「高橋家にはお金がない」日々のスタートになり、またわたしたち家族にその意識をはっきりと植え付けることになりました。

 高校生になってバイトができるようになれば、自分のお小遣いにするのではなく、自然と家へお金を入れていたし、社会人になってもそれは変わりません。

 実際いまも、会社からいただいたお給料は、「高橋家」に一度入れています。そこから、両親がわたしたちに生活費として振り込む。この生活が15年近く続いています。

 これを言うと、多くの人に驚かれるのですが、わたしにとってはふつうのことでした。そして、お金がない生活に不満を感じることもなかったのです。

 きっと両親がわたしたちを大事にしてくれることを常に感じていたからなのだろうと思います。

「メアリーや他の子どもたちがそこまでする必要ある?」と言われたことがあります。確かに、ふつうとは違うのかもしれません。父に対し、注意をしたこともあります。

 父が「死ぬまでにやりたい100のことリスト」を「家族LINE」で送ってきたことがありました(高橋家にはわたしがお願いして始めた「家族LINE」があります。その理由はのちほど)。その中のひとつに「仕事を引退して旅行に行くことが夢だ」という項目がありました。わたしは借金があることへの気持ちが先立ち、こう返信しました。

「それを叶かなえるにはお金が必要やなあ。そのためにはまず借金返さななあ。でないといつまでもこのままやろし、ウチはいつの間にかお金は子どもたちが入れるもの、という風潮になってるけど、子どもの『当たり前』を親が『当たり前』に思うのは違うしなあ」

 わたしの言葉に対して、父がどう感じたかは分かりません。

 でも、わたしたちは分かっているんです。
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