■他人から見た不幸が自分の不幸ではない

 父も必死だった。いつでも人のために時間を使う人でした。子どもたちをなんとか無事に育てようという使命感でいっぱいだった。父も70歳になり、弱音も吐きたくなるだろうし、そういう気持ちになるのは理解できるのです。

 だからわたしは、自分のことよりも先に亡くなってしまうであろう両親にできる限りのことがしたい。これは美談でもなんでもなく、それがわたしにとって一番の救いになるからです。家族の幸せこそがわたしの幸せなのです。

 子どもが親を選べないように、親も子どもを選べません。 

 わたしは高橋家に生まれ育ってきたことをとてもありがたく、誇りに思います。借金のことだけを捉えて「高橋家は不幸だ」と思われたくない。むしろ、そのことで手にしたことがたくさんある、と伝えたいと思います。

 家族で苦難を乗り越えてきているからこそ、結束が強まったのは紛れもない事実です。高橋家6人、それを日々感じながら過ごしています。離れた場所にいようとも、その存在が、いまを、未来を信じて生きる原動力になっている。

 他人から見た「不幸」を不幸だと思うことが一番不幸だと思うのです。
(著書『Difficult?Yes. Impossible?...No. わたしの不幸がひとつ欠けたとして』より再構成)