《連載書き下ろし再開予告》
森博嗣『道なき未知』は、月刊誌『CIRCUS』で2012年より連載第1回がスタート。第11回まで原稿は掲載されましたが、『CIRCUS』休刊に伴い連載は休止。執筆済の第12回の原稿は未公開。今回これまでの連載原稿を順次再録し、第13回からは著者に新たに書き下ろしていただきます。
 

 

第3回 

万能の秘訣を教えよう

 

なにもやる気が起きない

 

 つい怠けてしまう。やらなくてはならないことを目前にして、ついサボってしまう、という人は少なくない。若いときに特に多いかもしれない。そういう状態が病気だと悩む人もいて、どんどん悪化することもある。ただ、まず認識してほしいのは、それは異常ではなく、誰もが持っている「人間の基本的傾向」であって、みんなが普通に陥る状態だということだ。どんなに偉い人でも、そうなるときがあるだろう。総理大臣だってときどき怠けたり、サボったりしているはずだ。そのリカバリィが上手いか下手かという違いがあるだけである。

 この「やる気のない」状態から脱するための道は、けっこう簡単なのだが、多くの人が間違えて、失敗してしまうのは、ひとえに「やる気を出す」ことが唯一の解決だと思い込んでいるせいだと思う。

 沢山の本に「やる気が肝心だ」と書いてあるし、先生も先輩も「やる気がないならやめちまえ」と叱るのである。僕は、必ずしもそれが正しいとは考えていない。

 というのは、やる気を出すことよりも、実際にやることのほうが簡単な場合があるからだ。それなのに、素直な若者は、やる気を出そうと無理をする。たとえば、「仕事を好きになろう」と努力するのも同じだ。でも、仕事を好きにならなくても仕事はできるし、やる気がなくても、やることはできることに気づいてほしい。こんな単純は発想の転換で、事態が解決することがある。そう、やる気なんかどうでもいいから、とにかくやってみてはどうだろうか。

 

なにをやっても駄目だ

 

「なにをやっても上手くいかない」と悩んでいる人も多い。そういう人から相談を受けることがある。でも、当人に「たとえば、なにをやったの?」と尋ねると、答えられるものがあまりにも少ない。一つしかやっていなかったり、せいぜい二つか三つなのだ。たったそれだけのことで、「なにをやっても」と言えるのだろうか。そうやって悩んでいることも、やっていることの一つではあるけれど、悩み続ける時間があれば、もっとやれることがあるはずだ。「なにをやっても上手くいかない」ことを証明するために、なんでもやってもらいたいものである。

 説教くさくなるからあまり直接は言わないことにしている。誰だって、他人から言われてやりたくはないだろう。だから、このように抽象的に言葉にして示しておくしかない。そして、またしてもこの言葉は、聞かなければならない人には届かない。ようするに、馬鹿な者は皆を馬鹿にして終わり、賢い者は馬鹿を見て学ぶから、さらに賢くなる。こういう傾向があるから格差ができるというわけか。まあ、人生とは、そんなもの。救いようがない、とはよく言ったもので、本当に自分を救えるのは自分だけである。そして、どんな場合にも、どんな悩みにも、あるいは、誰にでも通用するアドバイスはたった一つだけだ。

 それは、「やれば」である。

 やれば良いのだ。やるだけなのだ。ほかに道はない。今直面していること、やりたくないこと、それをやれば良い。やる気なんか出す必要はない。いやいややれば良い。泣く泣くやれば良い。それだけのこと。やりさえすれば、それであっさり解決し、だんだんやる気も出てくる。

 

癖のようにする

 

 ものを作る人は知っていることである。どんなに難しく、どんなに面倒なものであっても、少しずつやれば、必ず完成する。自分一人で家を造る人もいる。自動車を作ってしまった人もいる。音楽も作れるし、絵も描ける。小説だって書ける。誰だって書けるのだ。もし、人によって能力に差があるとしたら、それはスピードの差だ。百メートルを九秒台で走れる人はざらにいない。天才しかできない。しかし、凡人でも数秒長くかければ百メートルくらい到達できる。さらに言えば、その時間をかけようとせず、自分には才能がないから、と走らないのが大多数の凡人である。たまたま走ってみた凡人が成功者となる、というだけのこと。

 僕は今、新しい機関車を作っている。金属をヤスリで削り、ドリルで穴をあけ、組み立てている。一つの部品を作るのに数日かかる。部品は何百とあるから、ざっと計算しても完成するのは数年後のことだ。それまで生きているかどうかも怪しい。それでも毎日やることにしている。今日やらないと明日後悔することになるだろう。ちなみに、少し疲れたら、小説を書く。小説は長編でも二週間くらいで書き上がってしまう。

 どんな成功も、幸運や才能だけで辿り着けるものではない。ただ毎日こつこつと進む一歩によってしか近づけない。

 

庭園内はもう雪景色。氷点下でも外で遊びます。