NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンのシグニチャーモデルとして生まれた〈AIR JORDAN〉。誕生から30年を超え、その背景や物語を知らずにファッションアイテムの一つとして楽しむ世代も増えてきた。そんな「マイケル・ジョーダンを知らない世代」のためのエアジョーダン基礎講座として、今なお続くナンバリングを順に振り返りながら、歴史を紐解いていきたい。

第9回は、1993年発売の「AIR JORDAN 9」。
アウトドアシューズ風のデザインを持つAJ9は、MJ(マイケル・ジョーダン)とともに4度目のNBA制覇を目指すモデルになるはずだった。しかし、'93年のシーズンオフにMJは突如NBAを引退し、MLBに挑戦することを表明。シリーズ初の“MJがコートで履かないAJ”となってしまった。

 

MJ突然の引退によって
主を失った悲劇のモデル

写真を拡大 当時世界限定45足で企画販売されたMJ専用のスパイクの、'02年復刻バージョン。ちなみにその際、ヒールのナンバリングは45から23に変更となった。また、実際にはコートで履かれなかったAJ9だが、プロモーション用ポートレートでは白×ノースブルーを履いたMJの姿も。

見た目はシンプルだが、機能面は大幅に進化

 ブルズがスリーピートを達成した'92-'93シーズンのオフ、大きな目標を達成したMJは、バスケットへの情熱を失いかけていた。そして、そんな想いを抱いていた彼を思いがけない悲劇が襲う。'93年7月22日に家を出たまま戻らなかった父のジェームズが、8月3日に遺体となって発見されたのだ。それから約2ヶ月後の10月6日、MJは記者会見を開き、正式にNBAからの引退を発表する。そして、翌'94年春には「父の夢だったメジャーリーガーになるために」シカゴ・ホワイトソックスのキャンプに参加したーー。このような経緯でAJ9は、突然主を失ってしまったのだ。

 

 デザイン的にみると、このニューモデルはそれまでのAJとはまったくイメージの異なるモデルに仕上がっていた。見た目はバッシュというよりも、アウトドアシューズのようで、アッパーに使う色も1色、もしくは2色というシンプルさだった。また、ヒールには地球をバックにしたジャンプマンロゴが入り、アウトソールには(「世界スポーツ」という日本語を含む)世界中の言語が刻まれている。

 ただ、テクノロジーの面では前作よりも格段に進歩し、フィッティング面ではクイックシューレーシングシステムを初採用。これは、プラスチック製のシューレースホルダーと(すべりの良い)丸ヒモを使うことで素早くシューレースを締め上げるというシステムだ。さらに、ヒールにはシャンクが初装備された。