1930年代、当時新興の航空機メーカーだったメッサーシュミット社によって開発され、のちにルフトヴァッフェ(ドイツ空軍)の傑作戦闘機となった「メッサーシュミットBf109」の活躍を綴る連載。今回は第3回。
黎明期のイスラエル空軍に売却されたアヴィアS199。エンジンをユンカース・ユモ 211に換装したことで安定性が悪化。きわめて飛ばしにくい機体となってしまったが、同空軍は実戦で使用している。

名機の「心臓」、ダイムラーベンツDB601 

 Bf109を傑作機たらしめたのは、その「心臓」たるダイムラーベンツDB601液冷V型12気筒エンジンに依るところが大きい。前作のDB600に、燃料直接噴射ポンプや、2速式ながら構造上無段変速の過給機を取り付けた発展改良型で、のちにライバルとなるイギリスのスーパーマリン・スピットファイアやホーカー・ハリケーンに搭載されたロールスロイス・マーリンとともに、第二次大戦における二大傑作液冷航空エンジンと称されている。

 実は日本もDB601のライセンス生産を行ったが、海軍は愛知航空機でアツタ21型として、陸軍は川崎航空機でハ40として、別個にライセンス料を支払ってダイムラーベンツ社から生産権を得た。
 この事例を、日本の陸海軍の不仲の象徴とする意見に対して、別々の企業がライセンス生産をするのだからライセンス料も別々に支払うのが当然だという擁護論も存在する。だがこれは、陸軍と海軍が同一のエンジンを求めているのだから根本的に日本政府が窓口となって一括でDB601のライセンス生産権を買い取り、それから海軍向けなり陸軍向けなりの同エンジンを生産するそれぞれのメーカーに造らせればよいだけの話である。ゆえにこの逸話は、やはり日本陸海軍の不仲の傍証といえそうだ。

 

 さて、Bf109は性能向上のため、Bf109A(アウグスト。「A」のドイツ軍におけるフォネティック・コード。以下同様)以降、B(ベルタ)、C(ツェーザー)、D(ドーラ)、E(エミール)、F(フリードリヒ)、G(グスタフ)、Hは欠、K(クーアフェルスト)の通常型の発展モデルに加えて、T、W、Xの特殊型などが生産された。総生産機数は33984機(異説あり)と伝えられる。
 途中でエンジンをDB601から発展型のDB605に換装するなどして、第二次大戦前からドイツの敗戦まで戦い抜いたBf109だが、戦後はチェコスロヴァキアがG型をアヴィアS99として生産を継続。さらにS99のエンジンをハインケルHe 111双発爆撃機に用いられていたユンカース・ユモ 211に換装したモデルのS199メツェック(「騾馬」の意)も生産し同空軍で使用した。またスペインは、何と大戦中はライバルだったロールスロイス・マーリンを、G型ベースの機体に搭載したイスパノHA 1112を生産している。